竹取編 03



 朝。眠気を堪えながら悪友達が出勤した後、俺は授業をサボって彼に会いに行くことにした。
 妖怪の世界には、困ったときは仙人に相談しろという言い伝えがある。亀の甲より年の功。非常に長く生きているから物知りで、仙人故に達観して物を見聞きできるから、ということだろう。
 真田一族が守護する箕船山には幸い、老人の姿をした白髪の仙人が住み着いており、会いに行くのは簡単だ。名は曽我という。小さな掘っ建て小屋に一人暮らしで、俺、正斗、篝の馬鹿三人は背が今の半分くらいの頃、よく悪戯をしかけに行ったものである。
 曽我氏は大抵知らんぷりを決め込む――というか、多分悪戯されたことに気付いていないくらい物事に淡白なのだが、こと食い物にかけての執着には並々ならぬものがあった。昼間に行くと捕った魚やきのみ、酒の争奪戦になり、俺達と曽我氏は壮絶な闘いを繰り広げたものだ。
 普段淡々とした曽我氏の口がひどく悪くなり、子どもでも容赦せず追い回してくるのが、当時の我々には面白かったのだろう。
「この悪タレども! 盗みを働くとは罰当たりな!」
「仙人は聖職者でしょう、生き物を殺生して喰らうのはご法度のはず! だから我々が不届きな仙人に天誅を下そうというのです!」
「貴様らに天誅される筋合いなどないわ!」
 逃げきれないと神通力で体を雑巾絞りにされるような痛みを喰らい、ふもとの箕船神社までお神酒を盗みに行かされる。自分のものは盗むなとさんざ叱っておいて、他人のものはそれである。大変マイペースな爺なのだ。どうかとは思うが、口に出そうものなら神通力なので、チビどもは文句も言えない。俺達は木を掻き分け掻き分け、山を下り、ふもとの神社へ忍び込むのだった。
 すっかり成長した今、俺達はほとんど曽我氏と会っていない。兄は月に一回は会っているが、先にも書いたように、曽我氏は食い物以外のことなら比較的温厚だ。目立ったこともトラブルも起こさない。よって話題に上ることはほとんどない。

 箕船山に行くために久しぶりに空中を浮遊したが、なかなか楽しいものである。顔を、体を風がなぶって、涼しいことこの上ない。普段人間として過ごしてはいるが、やはり俺も天狗なのである。血が騒ぐ。両手をいっぱい伸ばし、鳥にでもなった気分で空を斬った。
 曽我氏はお元気だろうか。
 思っていると丁度階下に、木々の色から目立つ白髪頭が見えた。
 速度を緩め、すとん、と地面に降り立つ。
 曽我氏は真っ昼間からドラム缶風呂に浸かっていた。タオルで顔を拭き拭き、こちらを見る。
「真田の馬鹿息子ではないか。今しがた魚を捕ってきたのだが、久方ぶりに食うか」
「ありがたいですが今日は結構です。それより少し相談ごとが」
 曽我氏が自ら食い物をよこすなど、昔からは考えられないことである。
 俺が食い物の誘いを辞退するのも、昔からは考えられないことである。
「貴様に悩みごとなどあるのか」
「自分ももう子どもではないので」
「何じゃ、申してみよ」
 俺は薪をくべたり風を起こしたりで火加減を調整しながら、碇屋に現れた仏の御石の鉢のこと、四条大橋の桜が蓬莱の玉の木に変わってしまったこと、それで妖怪も人間も大騒ぎしていることを、ぽつりぽつりと語って聞かせた。
「実に興味深い」
 仙人は唇を水面に付け、くぷくぷと空気の泡を飛ばしている。
「ちなみにその枝を折ってきたので、今手元にあるのですが」
 四条大橋の桜は現在、警察隊により隔離されているが、さっきこっそり忍び込んで取ってきたのだ。朝のニュースでやっていたが、あの金ぴか桜は本物の金と真珠でできていることが判明したらしい。
「見せてみよ」
「猛烈に重いのでご注意を」
 缶の中から出されたしわしわの手に、ビニールに入れたそれを渡した。
 きらきら光る十センチほどの枝。丸い真珠が二つ付いている。それだけでも手のひらにずっしりくるほど重いのだ。これが贅沢の重みなのか。
「やはり竹取物語で伝えられる品でしょうか」
 曽我氏は答えなかった。角度を変えながら枝を眺め回している。
「本物の金と真珠のようじゃな」
「人間の調査によると、根は銀になっていたらしいですよ」
「竹取物語の蓬莱の玉の枝の手記もそうなっておるの」
 根が銀、茎が金、実が真珠の木の枝。まんまである。
 枝が返ってくる。なくしたら困るので、早々にリュックにしまうことにする。
「しかし蓬莱の玉の枝といい、仏の御石の鉢といい、あれらは実在しない物のはずでは? 結局登場人物はみんな、手に入れられなかったではないですか」
 曽我氏は俺の質問に答えない。むっつりと顔を顰めている。
「仏の御石の鉢はどうして見つけた」
「碇屋の店主が客に指摘され、初めて存在に気付いたそうです。ご本人もいつ引き取ったのか、そもそも引き取ったのどうかすらあやふやだとか。ただ本物かどうか確かめようがないので、現在は店主が売らずにとっておいているそうで」
 仏の御石の鉢は天竺にあるという、仏教系の宝である。
 篝曰く、古くさい鉢にしか見えないらしいが、中に仏様の直筆らしいサインが入っていたとか。
「しかし竹取物語の道具は妖力が高く珍しいだけで、用途は骨董好きの人間が愛でるしかないはずです。何故こんなものが今更出現したのでしょう」
 曽我氏はウーン、と唸った。
「そういえば、あと十日ほどで満月じゃのう」
 それはこの件に関係あるのか?
「かぐや姫がまた降りてきて、誰かが求婚するとでも?」
 曽我氏はまたしても返事をしない。何かを考えている様子だ。俺は黙り込み、辛抱強く曽我氏の言葉を待ったが、翁は口を噤んだままだった。そうしているうちに火が弱まってきたのに気付き、慌てて薪を足す。
 夏場の気候と火のせいで、ドラム缶風呂の周りは大層熱い。手うちわと自分の術で風を起こし、なんとか涼を得る。
 ドラム缶の中で曽我氏は何も言わない。
 この爺もしや、俺が完璧に温度調整した湯に浸かって気持ちがよくなり、寝ているのではないだろうな。
「まあ、心配すな。この後も物語ゆかりの道具が現れ騒ぎになるかもしれんが、じき終わる。天変地異どころか祭りも起こらん」
 そう疑いだしたところで、曽我氏はようやく口を開いた。
「貴様らは変に首を突っ込まず、大人しくしていればよい」
「そうでしょうか?」
「何かあるなら竜の首の玉じゃろう。竜にはくれぐれも気をつけい」
「このご時勢に竜なんぞ現れますか」
 もう中国の辺りにしかいない、力も知名度も伝説級の妖怪だぞ。
「あくまでくれぐれも、じゃ」
 用件はそれだけか、と翁は無感情に聞いた。
「わかりました――まあ、何も起こらないならそれでいいのです」
「たまには鹿谷のと伊澄のも連れて参れ」
「ええ。次は四人で銭湯にでも行きましょう。お礼にと、京都駅のワッフルを買ってきたのですが」
「中に置いておけ」
 そこだけ即答だった。俺はそっと苦笑いし、小屋へ足を向けた。
 曽我氏も仙人とはいえ、こんなところにお一人で寂しいのかもしれない。
 久々に入った居間は、家具も汚れ具合も昔と全く変わっていなかった。机に何やら小奇麗な食器が置いてあり「おや」と思ったが、俺の他に誰か相談に来たのだろう。特に気にも留めなかった。
 ワッフルの箱をその隣に置き、俺は曽我氏に礼を言って、小屋を去った。


 曽我氏には何も起こらないならそれでいいと言ったが、ぶっちゃけ嘘であった。
 何か起こった方が面白いに決まっているではないか。面白きこともなき世が面白くなる機会をみすみす逃してなるものか。
 竹取物語をなぞった謎のれあもの道具。何故そんなものが現れたのか。興味は尽きない。我が知的好奇心はドラム缶風呂の焚き木のようにめらめら燃えている。
 追求したい。足だろうと首だろうと手だろうと、この際全身でもいいから突っ込みたい。事に関わりたい。俺は馬鹿騒ぎ八割・山の守護二割を生業とする、真田家の次男坊だ。
 ……と言ったところで、俺が事をどうにかできるわけではないので。
 とりあえず残りの授業に出ようと決意した。
 しかし確か次のコマは午後からだ。まだまだ時間がある。迷った末、懐かしいついでに箕船神社へお参りに行くことにした。少年時代、お神酒を盗みまくった罰を今謝りに行こうという、大変愁傷な考えである。お賽銭百円では到底足りぬ量を盗ったが、相手は神様なのだから謝ればきっと許してくださるだろう。
 そういえば、俺達と同い年くらいの娘さんがここにはいたが、今は何をしているのだろうか。
 長い髪は黒々としていて、瞳がよく動くどんぐり眼で。俗に言う巫女装束で境内を走り回り、よく家業のお手伝いをしていた。
 上からその様子を見ては、子どもながら微笑ましく思っていたものだが。もう大学生くらいだろうか。さぞ立派な京美人に成長していることだろう。もしかしたら巫女さんになっているかもしれない。
 箕船山は霊山であるから、箕船神社の人間も術を使い、妖怪を封印したり祓ったりできる一族だ。
 ――だとしたら、巫女になっていたら困るな。
 俺達妖怪の天敵はやはりそういう、妖怪退治が生業の人間――「祓い人」なのだから。
 何もしなければ、正体がばれなければ祓われることなどないだろうが、怖いものは怖い。脆い檻に入れられた虎の前に立つようなものである。まさに水と油。決して混じることはない。食われ退治され、会ったら殺し合う仲なのである。
 ……あの時は考えもしなかったが、俺も見つかれば、あの少女に封印されてしまうのだろうか。


 飛んで山を下り、周囲に人がいないか確認して、鳥居の近くへ降り立った。長い階段を自分の足で登る。朱色の鳥居と沢山植えられた木々の気に当てられ、ぴりっと厳かな気分になってきた。
 平日の午前という時間帯、参拝客は境内にほとんどいない。
 まっすぐ本殿へ向かい、リュックから財布を出して百円玉を手に取った。賽銭箱に向かって投げる。カランカラン、といい音がして、俺の気持ちは簡単に木の箱へ吸い込まれていく。かしわ手。神社は二回だっけ、一回だっけ。まあいい、二回で。
「お久しぶりでございます。昔盗みを働き申し訳ありませんでした。これからもうちの山をよろしくお願い致します」
 目を閉じた。
 その瞬間、背後でばんばらとえらい音がした。
 振り向く。
 俺を凝視している、年若い乙女と目が合った。足元には金のちりとりが転がっている。
 イマドキの大学生にしては珍しい、まっすぐな黒髪のロングヘア。目は二重でぱっちりと大きく、お月様のように真ん丸で実に愛らしい。華奢な体。纏っているのは、白の小袖に赤袴の巫女さん服。
 俺の好みど真ん中の清純黒髪美女。
「あ、あの! こないだ座友館の食堂でお会いしませんでしたか!?」
 可憐な声を弾ませながら、彼女は俺に近付いてくる。
 なんという運命の悪戯であろう。俺は思わず頭を抱えたくなった。
「あの後で五百円なんか落としてないって気付いて、返そうとしたんですけど姿が見えなくて……! あの時は本っ当にありがとうございました! 五百円お返ししますね――ってしまった今財布持ってないー!」
 彼女は一人で叫び、一人で盛り上がって頭を抱えた。
「あの、五百円なんかいつでもいいので。とりあえず落ち着いて」
 俺が言うと彼女は我に返り、大袈裟に頭を下げる。
「す、すみません! 私パニック起こすと一人で突っ走っちゃって……」
「い、いえ……」
 挙げた顔は耳まで真っ赤になっていた。長い髪を指で掬って耳にかけ、彼女は恥ずかしそうにはにかむ。
「えっと――私、二回生の綾倉千鶴です」
「あ、三回生の真田秋隆です」
「じゃあ先輩ですね! で、五百円なんですけど……私今日はもう授業なくて。明日食堂来られますか?」
「ええ。行くと思います」
「じゃあそのときにでもよろしいでしょうか?」
「全然構いませんよ」
「よかったぁ……ていうかあの、先輩の方が年上なんですから。敬語じゃなくていいですよ」
「あ、そうで……そうだろうか? 俺はあまり年の功とか気にしないたちだから。綾倉さんも敬語、使わなくていいぞ」
「そういうわけには行きませんよ! 私は後輩ですから!」
「そ、そんなものか?」
「はい! あ、しまった、私、店の受付行かないと! すみません、今日はこれで……」
「お疲れ様。――家の手伝い、偉いな」
「そんなことないですよー。でもありがとうございます! 失礼します」
 ぱたぱたぱた。
 遠ざかっていく、赤袴の背中。
 …………。
 ……動悸息切れ頬が熱いは気のせい、と思うことにした。
 そうじゃなければ、虚しくなってしまう。心が空っぽになるほどに。


 夕方、最後の授業が終わりアパートに戻ると、正斗と篝の靴が玄関先に転がされていた。妖怪は総じて商売っ気がない。気分で早く引き上げたり休んだり、そもそも就業時間が短かったりする。人間サイクルで生活している俺の方が、基本的に帰りが遅いのだ。
 仏の御石の鉢、蓬莱の玉の枝がひょっこり世に現れた事件――通称竹取事件――の真相がわかるまでは、うちの六畳部屋に泊まる。悪友達は昨日のうちにそう宣言していた。
「おかえりー」
「ただいま」
 靴を脱いで廊下に上がる。
 正斗は勝手に風呂を使ったらしく俺のジャージ上下で、首にタオルを引っ掛けている。奴の職業は家業の大工である。夏場に汗をかいて気持ちが悪かったのだろう。怒る気はないが水道代がかかるので、できれば一言誠意を見せてほしかった。
 篝は今日は甚平で、棒アイスをがりがり齧っていた。よく見ると後ろ髪が一本に編まれている。
「……篝、三つ編みにしたのか」
「正斗がやってくれてさ。案外涼しくていいね、これ」
「これからずっとそれで通せばいいんじゃないか。似合っているぞ」
「……何や、辛気臭い顔して」
 俺は無言でリュックを放り、ベッドへうつ伏せにダイブした。
「――正斗。俺はこの状態のアキを前にも見たことがあるよ」
「奇遇やな篝、俺もや」
 ぼそぼそとそんな声が聞こえてくるが黙殺。顔を隠し、枕に腕を回して、不貞寝モードに入る。
「まあ話してみいやアキ。今日は百戦錬磨の伊澄大先生がついとるんやで。何かええアドバイス貰えるかも」
 今回はそういう問題ではないのだが、正斗の言葉を聞くと吐き出す気になった。
「……昨日な。食堂で、非常に好みの大和撫子風美少女に会ったのだ」
 うん、とかほう、とか、幼馴染はうまいこと相槌を打ってくれる。
「見事お近付きになったのはいいのだが」
「うん」「ほう」
「その娘は箕船神社の巫女さんだったのだ」
 あちゃー。
 悪友達は声を合わせて言った。
「妖力とか感じなかったの?」
「全く感じなかった」
「あーあーあー」
「まあ、アキ好みの大和撫子風美少女は他にも沢山いるよ」
 肩を叩くような篝の台詞。
 それが少し引っかかって、思わず反論していた。
「……今日始めて話したのだがな」
 あんなキャラだったとは、さすがに予想外だったが。
 昔見ていた小さなお手伝いさんは、食堂の京美人と同一人物で。やや落ち着きはないが、元気で明るくて、非常に好感の持てる子だった。
「俺にはドンマイとしか言いようないわ」
 正斗の声に、俺は胃が数センチ落ち込んだ気分だった。
「アキには悪いけど俺も同じコメントかな。まあ、アイスやるから元気出しな」
 軽い足音が居間から台所へ移動していく。
「しかし箕船神社って懐かしいなぁ。爺さんによう盗みに行かされたもんなぁ」
「あ――そういえば、竹取事件の件だが」
 俺は顔を上げ、曽我氏との一件を語って聞かせた。
 普通の団扇をぱたぱたさせ、テレビを見ながら、正斗が「ふーん」と呟く。
「なんか相談しに行ったかいがあったような、なかったようななやりとりやな」
「とりあえず枝が本物だったのと、竜に気を付けろということはわかった」
「じゃあまた竹取グッズが出てきて騒動起きるんかいな」
「可能性はあると思う」
「二度あることは三度あると言うしね」
 篝が台所から帰ってくる。俺に向かって、封の空いていないアイスキャンディを差し出してくる。そういえば味を指定しなかった。橙色をしているので、篝はオレンジ味を持ってきたらしい。
 俺は黙って受け取り、寝返りを打ってうつ伏せになった。
「残るは竜の首の玉とー?」
「火鼠の皮衣と燕の小安貝」
 ビニールを破く。棒状の甘い氷。舌を這わせると、冷たさが爽快に口に広がる。
 見慣れた天井。白い。声が二つ。溶けてくる液をこぼさないように吸う。
「突っ込みどころ満載やな。火鼠も竜も現代にはおらへんし、燕かてこんな季節に日本に来るかいな。前提になる動物が京都に存在せんがな」
「俺達にそんなこと愚痴られても知らないし、これからどうなるかもわからないよ。今は様子見に徹するしかないんじゃないの」
「大体、あの爺はいっつも肝心なとこを言わへんやん。また何か隠しとるんちゃうんか」
「だから知らないよ」
「っかー! さっさと真相知ってこのもやもやをすっきりさせたいのう!」
「そうだねぇ。いつの間にか桜から摩り替わっていた蓬莱の玉の木、いつの間にか店にあった仏の御石の鉢。どちらも竹取物語という共通項があるだなんて、推理小説みたいだ」
「篝、推理小説は犯人推理しながら読む派やろ」
「そういう正斗は絶対最後から読んじゃうタイプだよね」
「バレたか。ははは」
「……ていうか秋隆? 寝てるの?」
「アイス食べたまま寝られるわけがなかろう」
 ただ会話に混ざる気分でない。それだけだ。
 俺の返事で、会話という紐はぷつんと切れてしまった。
 俺はただアイスを貪り、ぼんやりと天井を見ている。
 明日の昼、彼女が五百円を返しに来る。好みど真ん中だったから、少し助けてやろうと思った。それだけのことだったのに、今の俺は何故こうも落ち込んでいるのか。
 心の中のもやもやと、口の中の粘つくような甘さだけが、今は全てだった。
 悪友のどちらかが席を立つ気配がした。しかしすぐ帰ってくる。
「おいアキ」
 俺の顔を覗き込み、正斗が仏頂面で話しかけてくる。
「飲むで」
 奴は酒瓶を手にしていた。ラベルに書かれた商品名は『鬼殺し』。
 さらにひょっこりと、女のような男の顔が覗く。
「負けた奴は罰ゲームね」
 甚平の袖があの、UFOキャッチャーで取った虎の縫いぐるみを抱いていた。
唇が三日月のような弧を描いている。
 二つの見慣れた面。……見ているとなんだか、笑えてきた。
「――おう」
 上体を一瞬で起こし、俺は思わずそう言っていた。