部活動の相棒と恋人という立場は本来、両立できるものではないのだろうと時たま思う。
 バスケで隣に立つのは男の役割で、恋をされて寄り添うのは女の役割というわけだ。それは混じることはない。余程運が良くない限りは。……だが自分は運が良かった。だからこそ高尾和成はたまに悩んで、迷って、憂鬱な気分になる。
 緑間の隣、相棒の席が自分専用だという事実は大変誇らしい。苦労もあるが臨むところである、誰にも譲ってやる気はない。そっちは良いのだ。同時に置いてある、恋人という席も大事にしたいとなると途端に悩みの種が発生する。あーオレ今女だったらよかったのにな、と思ったことが無いとは言わない。情事のときは勿論それ以外にも例えば、翻るミニスカートの裾だとか。可愛らしい笑い声が耳をくすぐったときだとかに、ある。
 逆に緑間が女だったら、と思う場合もあるが、それは時と状況によって違う。そして女版緑間を想像して一人吹き出すのである。
 結局、どっちかが女だったらなんてことは有り得ないし、想像してみてもただ気色悪いから、このままで進むしかないのだ。自分たちは。
 ――そもそも女だったらきっと、こんな風に好きになっても、いないのだろうから。


 空に向かって、高く高く伸びる茎。両手を伸ばすかのようにいっぱいに開かれた橙色の花弁と、ぶつぶつした茶色の種。
「おー」
 グラウンドへ通じる、両脇に緑が覆い茂る急な坂道。無愛想な暗色の木々の中で存在を主張するように、ひまわりが鮮やかに花開いている。夏のガンガンに照りつける太陽の中でもちっともへたっていない。溌剌としていて、生命力に満ち溢れていて、綺麗というより良いなと思った。
 屈んで少し顔を近付けて、それから後ろにいる体操着姿の相方の方を振り向く。
「真ちゃんはさ」
 ちょい、と顔が身動ぎするように持ち上がった。その頭には体全体に影を作れそうな、でっかい麦わら帽子が乗っかっている。
「ひまわり好き?」
「…………」
 愛想のない声。
「……嫌いじゃない」
 眼鏡が持ち上がる。
 小さく笑う。
「真ちゃーん、好きなもんは好きってちゃんと言わねぇとさあ。いっつもそう言うけど、嫌いじゃないって好きとイコールなわけじゃねぇよ?」
「伝わるからいいだろうが」
「おまえってコミュニケーション関連はほんと適当だよなー、正確に意図を伝えるための人事を尽くせよー」
「うるさいのだよ。オレはこれでいい」
 雑談を繰り広げながら坂道を上る。入道雲が眩しく青い空にたなびいて、どこからか蝉の鳴き声。
 辿り着いたグラウンドは熱気に包まれていて、これから持久走で広い敷地を十周ほどぐるぐるぐるぐる走らされるのかと思うと、考えただけで気が滅入った。
 隣のクラスらしい知らない顔も混じる中から、いつもつるんでいる運動部の連中を見つけて合流する。グラウンドの端の木の陰にうんこ座りで、チャイムが鳴るまでの時間をだらだらと潰す。
「なんで緑間は麦わら帽被ってんの? 今日のラッキーアイテムなの?」
「いや、ルフィだろ」
「ラッキーアイテムに決まっているだろうがゴムゴムのチョップなのだよ」
「って! やめろや暑いんだから! ていうかおまえその言い方絶対ワンピース知らんだろ!」
「体育って帽子はオッケーってことになってたっけ? オレもなんか持ってくりゃ良かった」
「オレ朝見たとき爆笑したんだけど、こうなってみると真ちゃん勝ち組だよな……」
「高尾しっかりしろ、こんなカッコ晒してる時点で完全に負け組だろ」
「おいなんだと」
「あーなんでこんなクソ暑い中二キロも走らなきゃなんねーんだよー」
「なーアイス賭けてタイム勝負しね?」
「えーオレおせーもん」
 賭けをやるやらないで集団がモメ始める。高尾としては一番にはなれないかもしれないが下位にはならないだろうから、参加しないままぼうっとしていたら、
「ていうか何故女子に長ジャージ着てる奴がいるのだよ」
 隣のそんな呟きが聞こえてきた。
 見ると緑間は、彼方の別の日陰にいる女子の方に顔を向けており、確かに白いTシャツに混じって、学年カラーの青色のダサい長袖を着ている奴がいる。
「あんな格好で運動したら熱中症になるに決まっているだろうが。バカなのか?」
「どうしても日焼けしたくねぇんじゃねーの? 大変だよな、汗かくのに化粧してる子とかどうやって保ってんだろうな。顔洗えねーし」
「全くだ。オレにはわからん価値観なのだよ……」
 確かに、男の自分達にはわからない世界である。自分は今着ているシャツさえも脱いでしまいたいというのに。暑さより大事なものが、絶対に負けられない戦いがそこにはあるというのか。
 大変怪訝な顔になった緑間を見、ふっと思いついて、口火を切った。
「緑間的には」
 タオルで首筋を拭っていた相手がこちらを向く。帽子を被って白いタオルを首に掛けているので、農作業中の田舎のおじさんのようである。
「化粧してる子は無し?」
 真面目で堅物な男だから少し気になった。
 相手は即答した。
「化粧をするということは、自分を良く見せようと努力しているということだろう。その姿勢は良い」
 お、と思った。ありなのか。
「が、校則違反は気に入らない」
「結局無しなのかよ」
 ちょっとずっこけそうになった。
「着飾るなら違反しない範囲でやるべきだろうが」
 背中を僅かに丸め、座り込んでもなお大きい体を麦わら帽子で半分隠しながら、横柄にそう言う。
 高尾は小さく、ふうと溜め息を吐いた。
「……ま、真ちゃんらしい答えだな」
 すると下の校舎からチャイムの音が鳴り、体育教師がえっちらおっちら、重い足取りで坂道を登ってきて号令を掛ける。集合、プリント配布、今日は二千メートルのタイムトライアル、二人組になってタイムの測りあい、一組目は三分後にスタート。
「真ちゃん組もうぜー」
「ん」
 プリントを交換して、
「オレが先に走る」
「おっけー。五・九・ラストくらいで今何周めか言った方がいい?」
「ああ」
 などと相談していると、おまえら真面目だなーと通りすがりのクラスメイトに茶化された。
 記録班は知り合いと適当に団子を作り、よーいどんで、女子も男子も混じって、白いシャツが一斉にスタートする。
 真っ先に飛び出すのはやはり運動部の男連中で、緑間も前方集団に入っている。だんだんと差が開き始めて、周回遅れの人間も出てくる。
 ただでさえ背が高くてわかりやすいのに、でっかい麦わら帽子なんて被っているせいで、緑間の姿は大変目立つ。
「やべえすげーシュール……」
「よくやるよなあいつ……」
 笑い声を噛みしめながら、高尾は友人と一緒にそれを眺めている。
 グラウンドをぐるっと回って、スタート線をスニーカーが踏みしめる。
「真ちゃーんあと二周!」
 そう声を掛けると、スピードが僅かに上がった気がした。ぴんと伸びた、大きな背中が通り過ぎて、小さくなっていく。
 教師が読み上げた一周のタイムをボールペンで記載して、持ってきていたスポーツドリンク入りのボトルを煽ると、
「緑間くん足速いねえ」
「勉強もスポーツもできてしかもイケメンとか……いやでも緑間はちょっとなー、性格に難ありすぎてなー」
「でも好きな子は好きなんじゃないかな、二組にいなかったっけ?」
「あー名前忘れたけど聞いたことある! いいねえ色男は」
 そんなはしゃいだ女子の声が、蝉と混じって後ろから聞こえてきた。
「…………」
 走る麦わら帽子男に目をやる。大した距離ではないが、真剣に走っているのと暑さでやはり消耗するらしく、顔が見えたとき口を半開きにして荒い呼吸をしていた。手を抜こうなんて少しも考えていない、真剣で、まっすぐ前を見据えている。
 小さく呟いた。
「……そんな良いか?」
 ステータスは高いけど、比例してプライドも高いし我儘だし協調性底辺だし超唯我独尊だし……ってあれ? オレなんであいつと付き合ってんの? いや、そりゃ、毎日むちゃくちゃ真面目に練習してて、まっすぐで、勝ちに貪欲で、優しくはないけどそれなりに、緑間なりに大事にしてくれてて――と思ったところで。
「…………」
 恥ずかしくなってきて止めた。
 緑間は陸上部サッカー部二人の後にばたばたと駆け込んできて、止まらずコースから外れて律儀にゆっくり歩いていた。
「頑張れーラストー!」
「あとちょっとだよー」
 最後の方になると、遅れている同級生を労う声が出始める。高尾も後ろの方をへろへろ走っている知り合いの帰宅部に激を飛ばし、ふと緑間の方を見た。
 もう歩いていなかった。
 木の陰にうずくまっている女子三人組――両端は半袖だが真ん中が青い長袖ジャージである――のところにいて、何やら話をしている様子だった。
 なんとなく嫌な予感がして、高尾は立ち上がってそちらに駆けて行った。話している内容の声は断片断片しか聞こえず、
「――しているから――」
「――――関係――」
「とりあえず――――」
 緑間が不意にこちらを振り向く。
「高尾」
「どした? てかもしかして体調悪い?」
 どうも真ん中の子の顔色が悪い。表情もどことなく気持ち悪そうだ。染めたらしい茶色い髪が汗で濡れている。
 右の大人しそうなショートカットの子が、代わりに返事をしてくれた。
「走ったら気分悪くなったらしくて……」
「あー……保健室行ける?」
「おまえ、おぶって行ってやれ」
「え!?」
 高尾が動揺している間に、緑間が帽子を脱いだ。
 今から草むしりでもするのかと思うほどのでっかい麦わら。
 緑間はそれを、うずくまっている女の子の茶色い頭にぽんと乗せて、
「オレは汗だくだし部で男を背負っているんだし、おまえならへでもないだろう」
「いやそりゃそうかもしんねぇけど……てかそっちはそれでも良いのかよ?」
 両脇二人が顔を見合わせる。
「良いも悪いも、動けそうに無いから頼むしか……」
「うん、お願いしたいかな……」
 口々に言い出すが、肝心の病人が何も答えない。ほんとによいのかと不安になったが、もう話がまとまりかけていたので、
「……しょうがねえな……」
 と背中を差し出すようにしゃがみこんだ。
 友達二人に抱えられて、長ジャージの女子が高尾の背中に圧し掛かる。首の辺りに腕が回される。女子の体という奴は案外重かったが動けないほどではない。微かに制汗スプレーらしい、甘ったるいのに爽やかな匂いがした。膝の後ろに手を回して、ふらともせずに立ち上がる。
「じゃあ行ってくるから、先生にゃ説明しといて」
 緑間が無愛想にん、と唸る。ごめんね気を付けてねと詰め寄る連れの女子を大丈夫だからと諌めて、出発する。
「高尾ー何してんだー!」
「ちょっと保健室行ってくるわー!」
「羨ましいぞこらあー!」
 真ん中から轟く声。苦笑いで誤魔化して、グラウンドを抜けて坂道に入る。
 傾斜が急すぎて転げるように走りそうになるのをぐっと堪え、安全運転でなんとか前に進む。背後の女子は具合が相当悪いのか、何も言わない。熱中症だろうか。
 彼女が纏っているつるつるのジャージは高尾が触れているだけでも暑苦しくて、本当によくこんなものを着ていられるなと思ってしまう。
「……だいじょぶ? やっぱ気持ち悪い?」
「…………」
「まあ無理に答えなくてもいいけど、吐くときはさすがに言ってほしいかななーんて」
「…………」
 ――しっかし。
 こう、体重を全部背中に預けられて密着されると。
 ――いろいろ当たるんですけど……
 肩とか下腹とか。腿も瑞々しく柔らかくて、なんだかいい匂いがするのが思春期男子として大変やばい。胸はギリギリセーフっぽいので助かったが、うかつに手を動かすと尻に触ってしまいそうだ。
 恐るべし女子。バスケ部の練習でたまに野郎を背負うことがあるが、感じが大違いだ。
「…………」
 何か話してほしい、蝉の鳴く声と上からの体育の声しか耳に届かない。木々を潜ってひまわりを通過する、そのとき、
 肩に回っていた腕に力が籠った。
「……みどりまむかつく」
「え」
 ぼそぼそした声だった。
「自分は何もしなくても白くて細いくせに……」
「ああ……」
 確かに緑間は、男にしては妙に肌が白い。室内スポーツをやっているのに加え、休日にやるのは読書ときているからか。
「偉そうにそんなもん着てるのが悪いとか説教してくるし……」
「…………」
「…………むかつく……」
 恨みがましい、しかしやや間の抜けた口調で、彼女はそんなことを言う。
 それを聞いて、――ああ、彼女は緑間のことを知らないのだろうなと思った。
 彼女が頭に乗せている、その小さな体を覆うような、日除けのでっかい麦わら帽子。
 ――緑間がラッキーアイテムを人に貸してやるなんて、滅多にないことなんだけどな。
 きっとそれは、このクソ暑いのに肌を焼くまいと頑張っている彼女への敬礼であり、
 ――真ちゃん、人事尽くしてる奴は最低限だけど気に掛けるからなー。
 例え見ているのが明後日の方向でも。心意気は買う、というやつ。
 むかつく、ともう一度耳元で、小さな怨念が聞こえてきた。
 微かに天を仰ぎながら、ぽつりと呟いた。
「……オレは、そっちのが、」
 よっぽど羨ましいんだけど。



 送って行って、麦わら帽子を回収して、先生に挨拶をして保健室を出た。
 坂道の一番下にある水道で顔を洗う。冷たい水で濡らすとさっぱりしたが、タオルが無いことに後から気付いた。しょうがなくシャツの裾で顔を拭って、ハーフパンツのポケットに入っていたヘアゴムで前髪を縛る。帽子を被る。
「ふー……」
 なんだか少し疲れた。
 今から行っても二組目はスタートしているだろう。もう少しサボろうか、でも一応戻って友達に無事届けたことを伝えようかと思案していると、坂道の舗装に反響する足音が聞こえてきた。
 誰だろうと見上げると、緑間だった。
「何をサボっているのだよ」
「……そっちこそ何してんの?」
「先生に普通行くのは体の大きいオレの方だろうが、終わって暇なんだろうし様子を見てこいと言われた」
「ぶっ」
 どんまいである。
 緑間はやれやれと水道に歩み寄ってきて、高尾の隣の蛇口を捻る。最初だから温い水が出たらしく、眼鏡を外しながら顔を顰めている。
「全く、高尾はそんなひ弱な奴ではないと散々言ったのに……面倒な……」
「ほんとだよなー、確かにおまえに比べりゃちっちゃいかもしんねぇけどさあ」
 ばしゃばしゃと、同じように顔を洗っている。
 その後ろ姿を、水道のへりに腰を預けて眺めながら、
「……なあ、真ちゃん」
「なんだ」
 きゅっと蛇口が閉まる。
「女子ってすげーよな。なんかこう柔らかいし可愛いしいい匂いするし。年頃の野郎にとっちゃ全身凶器だぜあれ」
「…………おまえもしかして変態か?」
「ちょ! そんな白い目で見ないで! でも真ちゃんだって何となく察してくれるだろ男なんだから!」
「……まあ」
「うん、だから」
 手を伸ばす。自分の腕を見る。
 筋肉だらけで日焼けしていて、力強くて。
「オレが女子だったら、オレが抱えてるもやもやが八割くらいすっ飛んじゃうんだろうな、って思うんだよ。たまーにな」
 どうしようもなく、チームメイトにパスを送るために、戦うために鍛えた手だった。
 洛山戦ではそれが誇らしかった。止められはしたが、緑間の相棒としてパスを繋いで、連携技を作って、赤司に一矢報いたあの場面が嬉しかった。
 だけれど負けて、ぼろぼろ泣いて、珍しく弱いところを見せてくれた緑間を抱きしめてしまって、ほんの少しだけ思ってしまったのだ。
 今まではただ、意地に意地で張り合えるようにまっすぐ立っていればいい気がしていたけれど、
 ――今だけ、柔らかくて、優しく包み込める手だったらよかったのに、と。
「でもきっとオレはさ。おまえの恋人か相棒どっちかしか選べないと言われたら、相棒の方を取っちゃうんだろうなーなーんて、思いもするわけ」
 バスケが好きで、チームが好きで、緑間が好きだからこそ。
 ……けれどそれは同時に、投げ打ってまで緑間のものにはなってやれないということを意味していて。
「悪りいな、おまえが付き合ってんの、そういうバスケバカなんだわ」
 はは、と軽く笑う。麦わら帽子のつばで顔を隠して。
 緑間は何も答えない。居心地の悪さを隠すように、手元の水道のでこぼこを指でなぞる。
「……真ちゃんはさー」
「……なんだ」
「オレのこと好き?」
 緑間はタオルで顔を拭って、少し考え込んでいた様子だったが、やがて真顔で口を開いた。
「…………嫌いじゃない」
 蝉の声がした。
 口元を綻ばせた。
「……そ」
 どこか遠くで聞こえる、同級生たちの授業風景。
「……そもそも、おまえからバスケ取ったら何が残るのだよ。その三白眼か」
「おま、その言いぐさはあんまりじゃね!?」
「ていうか帽子返せ」
「これ結構日差し押さえられて、何気に素のときより涼しいんだよな」
「返せ!」
「返してほしけりゃライ麦畑じゃないけどオレを捕まえてみなさーい!」
「おい逃げるな高尾ぉ!」
「ぎゃっはははははは!」
 馬鹿笑いしながら坂道を駆け上がる。緑間も持久走の後で体力を消耗しているだろうに、長い足を動かして付いてくる。が、暑さで二人ともすぐへたばって、だらだらと足を動かすのみになった。
 途中、またひまわりのあるポイントに差し掛かる。相変わらず、この炎天下の中元気いっぱいで生き生きしている。
 それの前で、緑間の足が止まった。
「? どしたの真ちゃん」
 先行していた高尾も停止する。
 緑間の方は花を凝視して、それから正面を向いて、
「高尾」
 と当たり前のように、相手の名前を呼ぶ。
「知っているか? ひまわりは太陽の方を向いて咲くのだよ。日に向かう葵と書いて向日葵なくらいだし」
「あーなんか小学校んとき理科でやったような」
 それからまた緑間は花の方に目を向ける。
「橙色で、歪まず、くさらず太陽の方を見つめて、届かなくてもまっすぐに空へ伸びていくところが、……」
「?」
 少しつまずいた後、眼鏡を直して、
「……おまえみたいだから、その」
 好きだ、と。
 聞き取りづらい声ながら、緑間は確かにそう言った。
 高尾は一瞬きょとんとした。
 それから帽子に手を当てて、照れくさそうに破顔した。
「じゃあ、……変わんなくていいな。何も」
「……………………ああ。そう思う」
「ははは、真ちゃん遠回しすぎ」
「うるさい放っておけ」

 夏だった。
 べたべたと自分の掻いた汗が気持ち悪くて、熱気も凄まじくて、女子の薄着と食べ物と冷たいものとクーラーくらいしか嬉しくない。
 だけれど、そのひょこひょこ動く大きな麦わら帽子と、明るい花だけは記憶として残る、今年はそんな季節になりそうだった。

 なお高尾は不戦によりビリと判断され、ガリガリくんを六本ほど連れに奢る羽目になった。



/掌の中の一色