自室でテレビに向かってゲームをしていたら、右隣に置いていた携帯が騒ぎだした。
 メールだと思って放置していたら、えらく鳴りやまない。ボディの背面をちらと窺うと、デジタル文字の「緑間」が左から右に流れていった。
「…………」
 コントローラーを速やかに膝の上に置く。
 携帯を引っ掴んで、通話ボタンを押す。
「もしもし? 真ちゃん?」
『……高尾か』
「どうした? こんな夜中に」
 壁に掛けた時計に視線をやる。もう翌日の零時半だ。今日はオフだから高尾は夜更かししているだけで、昨日も練習を終えたところだし、疲れて寝ていてもおかしくない。
 電話の先は答えない。どうも様子がおかしいと、機械を反対の手に持ち替えて、小さく首を傾げる。
『……………………今』
 ぼそぼそと小さい声。
『……、……』
「……真ちゃん?」
『…………』
「…………?」
 一息、吸う音。
『……おまえの家の前にいる』
 ひっくり返るように立ち上がった。
 コントローラーと携帯が、鈍い音をたててゆっくりと床に落ちる。
 自室のドアを開け、だだだだだ、と階段を駆け下りた。「和成! 夜中に大きい音たてない!」と母親の声が飛んでくるが構うものか。短い廊下をダッシュして、適当な靴を裸足で踏みつけて、重いドアを全力で開ける。
 四角く地面に落ちる光。自分の影。
 その中にぽつんと一人。
 緑間真太郎が、いつもの無表情で立っていた。
「……えっ、ちょっ」
 なんでいんの。
 思わず呟きかけたが、拒絶しているように聞こえるかもしれないと気付いて、反射的に声を飲み込んだ。
 こんな緑間は見たことがない。なんというか、親とはぐれた子どもみたいというか。かと言っても途方にくれた感じと並行して、自分を置いて行った相手に苛立っているような。イライラしているのに困っている、そんな印象だ。
 目を丸くして固まる。緑間の方も携帯をポケットに滑り込ませて、じっとこちらを見つめている。
 睨めっこ。
 の後で。
 背後から物音と、「お兄ちゃん何してんの?」と妹の声がして、居間がにわかに騒がしくなった。
 ――うちにあげ、
 るのは。
「……真ちゃん、外でもいい?」
「……ああ」
 こういうとき一人暮らしだったら、格好よく家に入れて飲み物でも出してやるのに。まだ子どもなのだ、自分は。
 玄関に放り捨てられていた、手近なビーチサンダルを足に引っかける。自分の衣装を見下ろした。Tシャツとハーフパンツ。まあ、これなら別に外に出ても大丈夫だろう。相手もシャツに長ジャージの下という、同じような格好だし。
「あ、ちょっと待って、先出てていいから」
 自室に取って返して、財布と携帯を持って戻ってきた。ぱたんとドアが閉まる。同時に光も消える。外は真っ暗で、住宅から漏れる明かりがぽつぽつと浮いて見える。
 もう日も落ちたというのに、夏の夜は暑かった。クーラーを効かせたところからいきなり放り出されたので余計に暑い。早くも汗で背中や腕が湿ってきた。草の青い匂いがどこからか漂ってきて、鼻孔を微かにくすぐる。街灯には蛾が群がって少し鬱陶しい。ざり、ざり、と少しだけタイミングの違う足音だけが、アスファルトに響いていく。
 近所のコンビニの駐車場は無駄に広いのに、車など一台も留まっていなかった。
 入口に向かうと、緑間が途中で付いてくるのをやめたので、
「真ちゃん、来ねぇの?」
「……財布を持ってきていない」
「……ほんと、珍しいな」
 微笑んでも、相手は何も答えない。
「奢ってやっけど?」
「いや、いい」
 そう、とも言わずに、高尾は背を向けて店内に入った。
 客はパチンコ雑誌を立ち読みしている中年のオヤジくらいで、店員の挨拶もどこかやる気なさげだ。とりあえず缶のおしるこを取って、自分用にコーヒーを買った。牛乳と砂糖が沢山入った甘めのやつだ。ブラックはちょっとまだ飲めない。こういうところでもガキ丸出しなのだから嫌になるが、サイダーやパックの果汁ジュースを買うと余計ガキっぽく見える気がした。せめてもの格好つけだ。
 レジまで行ったところで、その前にあった棚の、一番下の商品に目が止まった。少し迷って、それも取って、お会計。
「ありぁとーさいましたー」
 きちんとした文章になっていない見送りと、チャイムの音に背中を押されて出る。
 緑間は店内から見えない、駐車場の奥のスペースで、カーストッパーに腰を下ろしていた。膝に腕を置いて、僅かに首を上に傾けている。空を見ているのだろうか。高尾もつられて見上げてみた。今日は月が出ているようだが、分厚い雲がやりかけのジグソーパズルのように空を覆っていて、あまりいいロケーションとは言えなかった。
「ほい」
 おしるこ(冷たいの方)を、大きな背中の後ろから差し出す。無言で受け取られた。礼がないなど特に珍しいことではないので、気にせず隣に腰を下ろす。
 プルタブを開けて缶を煽ると、冷たいのが口から喉、腹と落ちていって、少しだけ生き返った。
「……で」
 そしてようやく、高尾は緑間を直視した。
 道中は見てはいけない気がしていたのだが――ダメージが滲み出ているその姿を、緑間は見られたくないんじゃないかと思っていたのだが、会話するには見ないわけにいかないし、訪ねられた以上会話しないわけにもいかない。
「どしたよ、こんな夜更けに」
 この男はかなり傍若無人でマイペースだが、ラインはちゃんと見極めている。あまりに誰かに迷惑が掛かるような、非常識なことはしないのだ。
「…………」
 緑間は缶の淵に口を付けて、離した後で、
「…………眠れない」
 はぁ、とだけ言った。
 すると緑間は、意を決したように声を荒げた。
「明日がインターハイだと思うとなんかこうもだもだして眠れなくなったのだよ!」
「……あー」
 そう言われてみれば明日――厳密に言えば今日――はインターハイだ。高尾と緑間が所属する秀徳高校は、予選で負けて決勝にすら出られなかった。
「インターハイかー……そんなことすっかり忘れてたわ」
「何故そんな重要なことを忘れられる!?」
「いやオレ、嫌な現実はなるべく見ないようにしてるから。前だけ見てるから」
「だからおまえはダメなのだよ!」
「夜中に思い出して落ち込むよりはマシじゃね?」
 どうやら痛いところを突いたらしい。緑間は言葉に詰まらせ、みるみる勢いをなくして静かになった。
 なるほどなぁ、と高尾は内心納得した。
 ――なんかこうもだもだして、か。
 緑間に似合わない抽象的な表現だ。
 右手から低いエンジン音が聞こえてきて、目の前の道路を、テールランプが尾を引いて通過していく。その後で急に静けさを覚えた。つるむようになって三か月ほど経つが、どちらもこんなに喋らない時間があっただろうか。それでもあまり気まずくないのは、相手が自分から吐き出すのを待った方がいいと判断がつくからか、親しくなれたからか。或いはどちらもか。一番最後のだといいけど、と高尾は思う。
「……本当は」
 唸るように緑間が喋った。
 その口調はいつになく弱々しかった。
「らしくないことをしているのも、非常識なのも、迷惑なのも、八つ当たりをしているだけなのも、全部わかっているのだよ」
 言葉を止め、一度おしるこで喉を潤してから、続ける。
「だけど、……バスケで、いたい位置に自分がいられなかったことなど、今まで無かった」
 中学のときは、勝てない試合なんてなかった。
 行けないところなんてなかった。
 けれど今、自分はその高い位置に座るには相応しくないという烙印を押されてしまっていて、
「大会に出られないことが、こんなに悔しいなんて知らなかった」
 そう呟いて、はあと悩ましげな溜め息を漏らした。
 が、対する高尾は、
 ――やばい、真ちゃんがしおらしい。
 口元に力を入れ、唇を突き出してものすごく面白い顔をしているし、肩も小刻みに震えているのだが、幸い緑間は気付かない。しかしこんなシリアスな状況でなければ、高尾は間違いなく吹き出していただろう。茶化すつもりはない、緑間を馬鹿にしているわけではない、だが正直ものすごく気持ち悪い。そもそも身長二メートル近い男がへこんでいる絵面というのは、視界的にクるものがある。
 しかし人間というのは絶対に悲しみを覚える生き物だ。見た目がどうだろうと常がどうだろうと、気の強い奴でも、相応のことがあれば落ち込む。
 ――予選のとき、最後ボールを預かってたのはこいつだもんなあ。
 責めるつもりは無論全くないが――ブザーが鳴る一瞬前。緑間のシュートさえ入っていれば、秀徳は勝っていたのだ。もしかしたらそのことに責任を感じているのかも、不甲斐なさなんて感じてへこんでいるのかもしれなかった。
 最近開かれた、ウィンターカップ予選リーグへの作戦会議のとき、緑間はチームを意識するような意見を出した。オレが引きつけてパスを出します、なんて、誠凛に負ける前では絶対に言わなかっただろう台詞だ。
 ――いっつも一人で何でもできるって顔してたけど、今もオレ頼って来てるし。
 思い違いかもしれない。
 だけど、周りを見て、少し信用してみようかと思い始めている気がする。
 そうだといい、ともう一度思った。
 だからその、でかい背中をバシンと叩いてやった。
 なるほど、こいつはきっと、そんなことを初めて思ったものだから、感情のやり場に困って自分を訪ねてきただけなのだ。
「何言ってんだよ、真ちゃんが非常識で迷惑な行動してるなんていつものことじゃん」
「なっ……!?」
 わざと憎まれ口を叩いてやった。
 緑間が勢いよく振り向いて、怒ったようにこちらを見てくる。うるさくなる前にすかさず言葉を足す。
「つーかさあ、今までこんな悔しい思いしたことないって、どんだけ順風満帆なバスケ人生送ってきたのよ。オレなんか、いた中学でずっと語り継がれちゃいそうな、歴史的大敗北とかやらかしてるっつーの」
 まあ、帝光時代の緑間とやったときの話なのだが。
 緑間は何も言わない。
 薄く、自嘲気味に笑った。正面を向く。
「でもなー……そういうのって、時間が解決してくれるとしか言えねぇんだよな」
 頭にこびりついて離れないものを、無理に剥がそうとしたってどうしようもないのだ。
 コーヒーのスチール缶をぷらぷらと揺らす。空を見ると、雲が動く様がよく見える。こうしている間にも地球は夜を通過して、朝に近付いていく。音もなく。
「……それはそれで、嫌だ」
 ぽつりと声が落ちた。
「……なんで?」
 それにすかさず反応する。
「時間が解決するっていうのは、忘れる、ということだろう」
 忘れるということは、消えるということと同義で。
「どうにかしたいが、忘れたいわけじゃない」
 できれば次の試合まで、と緑間は言う。
 高尾はんー、と小さく唸った。
「――でもな。それほんとに、どうしたって忘れるぜ」
 一度コーヒーを煽った。
 中学時代、歴史的大敗北の後。
 打倒緑間を掲げて練習していた。
 引退しても練習していた。
 それくらい悔しかった、のに。
「次に誠凛に会ったとき――ウィンターカップ予選には、また思い出せるだろうけど。今どんだけ強く抱えてても、悲しいくらいどんどん忘れてくと思う」
 どうしようもなく消えていくのだ。手で掬った砂が、指の隙間から零れ落ちてしまうように。
 ちらりと横目で隣を窺う。緑間の方も、まっすぐ道路の方を見ていて、相変わらずの鉄仮面。
 がむしゃらに練習していたあのときを思い出して、不意に懐かしくなった。
「けどさ、大丈夫だよ」
 そんな気持ちが薄れて行った後で、あれ、なんで自分はあんなに悔しかったんだろう? どうしてこんなに練習しているんだろう? と、はたと気付いて自問してみれば。
「ただチームが好きだとか、バスケやってるのが好きなだけなんだって、思えるからさ」
 一気に言って、照れ隠しのように缶を傾けた。中身を飲み干す。こくこくと喉が上下する。ぷはー、と息をつけば、ちょうどそのタイミングで緑間が口火を切った。
「……あれだな、人間の」
「んー?」
「人間の恋愛感情は少しの間しかもたないらしい。知っているか?」
 いや、と答えた。
「つかそんなの考えたことないしな」
「オレも本で読んだだけなのだよ。細かいことは忘れたし、理由も知らない。だけど、――ずっと好きでいると、慣れるだろう。新しい刺激がなくなる。そうすると反復しなくなる。反復しない記憶は忘れる。だからかもしれないな」
「なんかいきなり難しい話になってね?」
「……結婚生活が長く続いてマンネリ化すると、どんなに好きあっていた夫婦でも別れてしまうと思えば間違いはない」
「なるへそ」
 その例えならわかる。
「一度きりのマイナスの感情は消えていくが。触れて、再びどこかが好きだと思えたら、プラスの感情は継続していく。そういうことだろう」
 また、車が目の前を通過していく。ライトの光。今度は右から左へ。低い音が遠のいていく。
 そして思う。
「――うん、やっぱ、悲しいことでもねぇじゃん」
 緑間の方を見て、高尾は快活に笑った。
「何度だって、バスケやおまえのシュートに惚れ直せる。そういうことだろ?」
 相手は目を微かに見開いて、間抜けな顔をした。
 それからすっと、戻すを通り越して切れ長のそれを細めて、唇をほんの、ほんの少しだけ尖らせて、
「……シュートでなく、オレそのものはどうなんだ」
 と、拗ねた子どもそのものの顔で言い放った。
 今度こそ限界だった。
 高尾は盛大に吹きだした。
「ぎゃっははははははは! 真ちゃんちょっ……何! 言ってん! の! ははははは! もーマジで今日の真ちゃん変! つかキモい! あ言っちゃった!」
「へん……ていうかキモいとは何なのだよこのバカ!」
「はははははははははは! 腹いってえ!」
 涙さえ滲ませて、腹を抱えて爆笑していたら、「いい加減にしろ近所迷惑!」と頭をはたかれた。それでようやく声のボリュームを絞っていく。
「くくく……あー、笑った……」
 眼鏡を押し上げる長身を横に、小さい方は目尻を指で拭う。それから両手を合わせ、くねくねと気色の悪いしなを作った。
「もー真ちゃんってば可愛いんだからぁ、和成くんなでなでして慰めちゃうぞっ?」
「うぜえ……」
 深夜のテンションのせいか二人とも口調が乱れてきていた。口ではそう言いつつも高尾が手を伸ばすことなく、緑間がその手を払うこともなかったが。
 気を取り直すようにおしるこ缶に口を付ける緑間を見、高尾は心底可笑しそうにくすくすと笑う。その後一瞬で柔らかく目を細め、穏やかな顔で横顔を見て、静かに、耳元に顔を寄せた。
「惚れてから数ヶ月経つけど、……今も、ちゃんと好きだよ」
 囁いて。
 素早く離れた。
「って言ったら伝わる? エース様」
 ひひひ、と悪戯めいた声を挙げてやったが、緑間は何も言わずにおしるこを啜るだけだった。明るい場所でないのが大変残念である。もしかしたら緑間の赤面という貴重なものが見れたかもしれないのに。
「と、いうこと、で、じゃーん」
 コンビニ袋からパッケージを取り出し、高尾はそれを顔の前で掲げた。
 レジの前で見かけて買ったものだった。シーズン真っ盛りの、一番大きな花火セット。
「お互い言いたいこと言い尽くしたっぽいし、うち帰って花火やんね?」
「今からか」
「いつか忘れちゃうんならさ。せめて思い出だけでも作っとこうぜ」
 緑間は呆れたような目をしたが、やがてカーストッパーからゆっくりと尻を上げた。
「まあ、学校外で夜に顔を合わせる機会など、滅多にないしな」
 高尾も嬉しそうに立ち上がる。
「珍しく話がわかるねぇ! てかほんと、よくうちまで来たよなおまえ。しかも歩きだろ?」
「正直、ぼうっとしていたから、あまり道中の記憶がない」
「親御さん大丈夫なのか?」
「……平気だろう多分。明日は休みだしな」
「真ちゃんちって結構いいとこじゃなかったっけ……まーいいや。あ、てか、今後もこういうことあったらまた来てもいいかんな? おまえ多分、明日普通に練習あったら電話だけで済ましてたろ」
「…………」
「ほーれ図星。こっちはおまえに迷惑掛けられるなんて日常茶飯事なんだからさ。本気でしんどいときの救援信号くらい、むしろいつものくだらねぇのより喜んで受け取っちゃうんだぜ? 真ちゃん」
「…………その言葉、そっくりそのままおまえに返す」
「ははは、いいなそれ、相棒っぽくてさ。よし、じゃあ行きますかー」

 高尾家のガレージで行われた花火大会は、蝋燭に火を付け、ちゃんとバケツに水を張って始めたまでは良かった。
 しかし途中、高尾が「花火持ったら死闘」と赤や白の火花を飛ばす筒を緑間に向けて追いかけ始め、ぎゃーぎゃー騒いでいたらパジャマ姿の高尾母が「あんたたち何時だと思ってるのー!」と乱入する事態に発展。何故緑間がそこにいるのか、という当たり前に抱くはずの疑問すら怒りに塗り替えられたらしく、玄関口に二人を並ばせ、母は完全にお説教タイムに入ってしまった。
 『いいとこ』のせいか常に温厚である(らしい)自分の親との差に緑間は大層ビビったらしく、言いたいことを言い尽くして立ち去っていく背中を眺めながら、「あれがおかんは強しというやつか……」としみじみと呟いていた。
 その後は随分静粛になり、線香花火は「先に落ちた方が負け」とぷるぷる震える手を抑えながらで、情緒を味わう暇もなく緑間の勝利で終わってしまった。

「なんだか全てがバカバカしくなったのだよ、疲れて眠くなったし帰る」
 そう言い出したときの緑間は本当に、練習が終わり制服に着替えたときのあの顔をしていた。
 これなら昼まで寝てるかもな、と思いながら、高尾も了解の返事を出す。
「オレもなんか、もー疲れたわ。帰るならうちのチャリ乗ってけよ」
「ん」
「インターハイは見に行くのかよ?」
「いや。ビデオ班が行くようだしいいだろう。見ている暇があったら練習する」
「そっか」
 車庫から自転車を出してきて、緑間に引き渡してやる。サドルが少々低いようだったが、巨体は調整せず乗り込んだ。
「じゃあ、おやすみ」
「おやすみ」
 笑って手を振った。
 自転車に乗った背中は、まっすぐにどんどん小さくなっていく。
「…………いやなんか、あいつにつられてこっぱずかしいこと告白したな」
 今更照れて、後ろ髪を掻き毟る。
 ――……しかし眠れないほど悔しい、か。
 そうだ、負けたのだ。自分たちは。
 インターハイのことは考えないようにしていたが、高尾も悔しくないわけがなかった。
 試合に負けて何も感じない奴などいないのである。
 やはりそれは偏に、バスケットが好きだから。
「……次は勝とうな。緑間」
 ぼそりと呟いて、一つ大きく伸びをして、家に取って返した。
「あー、さてさて」
 携帯を確認してみると、時刻はもう三時を越えようとしていた。
 取っ手を掴んで引っ張る。敷居を跨ぐ。
「そろそろオレも寝ますか、と」
 そして明日からまた頑張ろう。
 そう小さく笑って、ぱたんと、ドアを閉めた。


/dal segno al fine
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