彼らにとって、それは祭りのようなものだ。
 それまでの日常が霞んでしまうくらい、血沸き肉踊る一大イベント。
 第五次聖杯戦争――聖杯と命を賭けて戦うあの競争が、今再び始まろうとしている。

「珍しいな」
 黄金のサーヴァントは、信徒席にあるカソック姿の背中に声を掛けた。
 この間まで十年という年月の大部分を幼年体として活動していたギルガメッシュだが、今は元の姿に戻り、昔のようにふらふらと夜の街を闊歩している。しかし前と違い帰宅時間は少々早く、目や表情がいきいきしてきた。今日も遊びからの帰りであり、彼が神父に遭遇したのは偶然だった。
「祈りを捧げている人間に途中で声を掛けるな」
 やや不機嫌さが滲み出た声に拒絶されるが、ギルガメッシュは追撃する。
「そんなもの我には存ぜぬことよ。どうした、考え事か」
「…………」
「どうせ聖杯戦争のことであろう? 辛気臭く塞ぎこまずに、もっと愉しそうにしたらどうだ」
「――なあ、ギルガメッシュ」
 指を解き、立ち上がってこちらを振り向いた神父から、感慨や興奮の色は見られない。あくまで無表情である。
「十年前に言ったな。私はこの命を費やして、自分のような者がこの世に或る理由を探すと」
 言峰は顔を正面に戻し、祭壇を、壁に取り付けられた十字架に目をやる。
「だがさっぱりだ。この命は残り少ないというのに、一向に方程式は見つからぬ」
 いや、命はあのとき失ったのか、と言峰は自嘲気味に続ける。
 言峰綺礼は衛宮切嗣との戦闘で心臓を撃ち抜かれ、本来なら死亡している筈なのだ。『この世全ての悪』からの魔力供給のおかげで彼は今ここに立っている。 かつて垣間見たあの泥は、この世に生まれたがっていた。今回の聖杯戦争でそれが実現する可能性は充分にある。言峰は誕生を見届けるつもりだ。しかし『この世全ての悪』がどれだけ醜悪なものかは身をもってわかっている。あれがいる限り聖杯は曲解した方法でしか願いを叶えない。きっと到達したものは聖杯を壊そうとするだろう。
 『この世全ての悪』が誕生すれば、言峰への供給は消える。
 誕生しなければ消滅させられる。
 つまり、どう転んでも第五次聖杯戦争が終わる頃、言峰綺礼は死ぬ。
「それが少し心残りでな」
 神父は陰鬱な調子で言った。
 ふむ、とギルガメッシュは腕を組む。まだこうして現世に留まっているとはいえ、彼もかつて不死を求めたことがあったのを思い出す。
「人の寿命は有限。それに苦悩するのはこの我も通った道よ」
「ほう。英雄王にも悩み事があるのか」
「昔の話だがな。言っておくが、我はおまえの続きを引き継ぐつもりは毛頭ないぞ」
「私もおまえには託す気はない。おまえは見届けてくれればいい。言っていた通りに」
 第四次聖杯戦争。
 炎の中での言峰の宣言が脳裏に蘇ってくる。
 あのとき彼は答えを得て、そしてまた巡礼を始めた。
「懐かしい話だ。思い返すと老けたな、言峰」
 そう言うギルガメッシュは昔と全く変わらない。言峰は苦笑いした。
「十年もすれば外見も変わるさ。……背が伸びた理由はわからんが」
「そんなに長くここにいたか」
 決して短いとは言えない十年だった。幼年体になったり、気まぐれに戻ったりを繰り返しながら二人過ごして、いろいろあった。
「それで、もうじきおまえはいなくなるのか――」
 広いガランドウの中で呟いた声は、嫌に寂しそうに聞こえた。
 王とは孤高の存在である。振り向かない。かつて心を通わせた友すらももうない。
 しかし十年も一緒にいれば思うことがないでもない。――半神で今は英霊とはいえ、彼は元は人間なのだから。
「まあ、遺言くらいは聞いておいてやるぞ。言ってみろ」
 言峰は顎に手を当て、瞑想を始める。
 しばらくしてから彼は腕を下ろし、
「見届けろと言った後でなんだが。それだけでなく、覚えておいてほしい」
 ギルガメッシュをまっすぐ見据え、静かな声で告げた。
「私を。『言峰綺礼』という存在のことを。この、善こそが正義と謳う世界に、私のような悪が確かにいたことを」
 何十年も迷い、見つけ、外道と承知しながら突き進んだ自分の人生を。
 答えだけ得て放り出した、間違いと修正だらけの方程式を。
 無価値にはしたくない、と。
 ギルガメッシュは一拍置いた後、何かを受け入れたかのように、「どうしようもない奴」とでも言いたげに、笑った。
「――承知した、親愛なる我が道化よ。ではこれから開かれる宴をせいぜい楽しむがよい。我とおまえが組む最後だ」
 それから彼は十字を仰ぐ。
「全く――おまえも我もつくづくアレに嫌われたな」
「私は肯定せんぞ」
「ああ、だが」
 おまえと会えたことだけは感謝してやってもいいか。
 そう呟いた神嫌いの青年は、満更でもない顔をしていたので。
 言峰は薄く笑った。そして一歩踏み出し、司祭室の方へ足を進める。
「ギルガメッシュ、今晩付き合ってくれないか。久しぶりに飲みたい気分だ」
「ほう、面白い。先に潰れるなよ。で、肴は?」
「そうだな……」
 昔出会った頃の、若い自分でも。



/ラストソングを君と
 らっきょ主題歌聞きながら書いたシリーズ1 sprinter