※hollow時空
※言峰の死亡原因がstay nightのHFルートと同じ前提



 自分の魔力で辛うじて肉体を繋ぎ、足を引きずるようにして、青年は前へ前へ進む。
 ずるずる、ずるずると靴の底が地に擦れる音。腕をきつく押さえ、口の間から荒い息を吐く。らしくないボロボロの衣服を纏って。綻びだらけの容姿で。彼は道を歩み丘を登る。
 そこに行けば救われると言わんばかりに。ひたむきにただ一箇所を目指す。
 やがて。重く荘厳な扉を開け、青年は礼拝堂に足を踏み入れた。
 教会には人っ子一人いない。静寂に満ちている。祭られた十字がいつもの通り、気に入らない澄ました顔で人間達の様子を眺めている。
 先に僅かに魔力の残り香があった。導かれるままに、誘われるままに足を向ける。
 道に撒かれた、いつ途切れるかもわからないパンくずを追う、童話の中の少年のように。
 魔力の源は、どうやら自分の部屋の中にあるようだった。
「……は、あ……」
 一歩、二歩、歩けば簡単に息が切れる。苦しげに顔を歪めて、それでも青年は進む。
 知らなければならなかったから。
 見なければならなかったから。
 彼はドアの前まで来て、ノブを回し、乱暴に入室した。
 魔力は部屋の中央にあるテーブルの上で途切れていた。
 ずる、ずる、と耳障りな音をたて、青年は近付く。
 そして、見た。
 机の上にぽつんと鎮座していたのは、見覚えのある十字だった。鎖が通されペンダント状になっている。土埃を乱暴に拭った跡があり、それでも表面が少し汚れていた。茶色いテーブルに置かれると金色がきらきらと輝いて、よく目立つ。
 そのロザリオは、とある男が肌身離さず持っていたものだ。トレードマークみたいなもの。もはや半身と言ってもいい、分身と言ってもいい。
 それがここにある。こんなところに、乱雑に放り出されている。
 青年は早急に、かつ迅速に悟った。

 これの持ち主は既に、もうこの世にはないのだと。



     *



 真っ黒な。服と、ベールと、人の群れが信徒席に並んでいる。
 普段は素っ気ない祭壇は白や橙、桃色の花で飾られ、花嫁衣装でも着込んだかのようだ。しかし教会はこの快晴には似合わない、荘厳な空気に包まれていた。それもその筈である。今日の冬木教会は、とある人物の葬儀の場となっている。
 かつん、かつん、と乾いた足音を鳴らして。
 礼拝堂を突っ切り、その祭壇に立つは、人々の前で故人を語る者。
 年端もいかない少年だ。まだあどけない顔立ちをしているのに、肌に馴染まないであろう喪服もぴしりと着こなしている。素晴らしく整った容姿。天の使いと見まごうほどに、その子どもの存在は現実離れしていた。
 遺族代表がこんな幼い少年であることに、誰も疑問を抱かないくらいには。
 少年は彼の生涯を、柔らかな声で紡いでいく。葬列者は厳粛に頭を垂れ、黙ってそれを聞いている。泣きはしない。神の教えでは死は悼むものではない。死は完全な終わりではない。むしろ死によって、永遠の命と復活への希望に入るのだ。
 だから。
 安らかに、天国へ召されますようにと、祈られながら。
 死者は見送られる。
 少年の口上が終わり、教会からは人々の聖歌が流れだす。
 白い花に美しさを足すように。
 黒い布に願いを織り込むように。
 沢山の声は祈りを歌うのだ。
 精一杯死者の幸福を願うのだ。
 例えその下にある棺の中身が。
 何もなく、ガランドウで、空っぽなのだと知っていても。

 やがて教会から棺が運び出され、人々も厳粛に墓地へと移動した。
 ぽっかり空いた穴は真っ白な箱で埋められ、祈りの言葉と沢山の花と土が被せられる。白はだんだん見えなくなっていく。彼は――いや、彼だと代弁されるものは、ゆっくりと土へ贈られる。
 参列者達がぽつり、ぽつりと消えていく中。
 足を完全に止めて、その様子をじっと、えらく背丈の違う二人が並んで眺めていた。
 二人とも喪服を着ている。しかし白と黒の色彩の中で、青と金の髪色が非常に目立っている。明らかに異色だ。風景とまるで合致していない。もしかしたら、彼らは本来この世に在るものではないからかもしれない。
「しかしよくこんな大層なこと企画したよな。今はホーリツとかなんとかの国の決まりで、いなくなった奴の扱い一つとってもややこしいんだろ」
 俺は面倒で無理だわ、と背の高い方――ランサーが呟くと、小さな方は目を動かさずにそっと返事をした。
「十年間一緒に過ごしてきた人ですからね。行方不明のままというのも忍びないですし、せめてもの恩返しというやつでしょうか」
 ギルガメッシュは薄く笑う。秘薬によって若返った彼は確かに幼い顔立ちをしているのだが、その笑顔はどこか、何かを悟ったように大人びていた。
「まあ葬式をやる自体に異存はねーが……この時間の中であんなことして、こんなもんこしらえても、終わったとき残んねーんじゃねぇの」
「ああ、残らないでしょうね」
「は!?」
 あまりにあっさりした物言いに、ランサーは思わず声を荒げた。
 それはこの儀式全てが無駄だった、と言っているのと同じことではないだろうか。
 しかしギルガメッシュは大地に埋まっていく棺を眺めながら、余裕に満ちた、ふくよかな声で返事をする。
「ボクとしては『ここで葬儀があって、ここに彼は眠った』という事実が作れれば、それだけでいいんです。『無価値なものはあっても無意味なものはない』。彼の言葉を借りるならそういうことですね。むしろ残らない方が、あの人の所属していたところにとやかく言われずに済んで良いんじゃないですか?
 ――ただ、ボクが引導を渡してあげたかっただけなんです。生きているか死んでいるかあやふやなままだと、あの人がまだ答えを探し続けてるみたいで――なんだか哀しかったから」
 もう確かに死んでいるのに、世界はあの存在が生きている可能性を提示する。行方不明という形で。
「ボクが、殺してあげたかった」
 少年はそう言って、紅い瞳を細めるのだ。
 愛おしげに。寂しげに。
 いずれにしろ、おおよそ子どものする表情ではない。
 ――可愛くねえ。
 ランサーは一つ溜め息を吐いて、界下にある金色の頭に手を伸ばした。
 指を差し入れると柔らかくさらさらした感触が伝わってくる。「うわ、やめてください髪が乱れます」と慌てた声が飛んだがお構いなしに掻き回してやった。その年で外見を気にしている辺りまた可愛げがない。
 ギルガメッシュがあの男といた時間の方が、自分のそれより遥かに長い。別に自分はあの神父のことを好いてなどいない。どちらかというと嫌いな部類に入る。だがだからと言って、ギルガメッシュが彼に抱いていた感情を、過ごした日々を否定する気にはなれなかった。そこは自分が踏み込んではいけない領域だとランサーは思っている。無粋で野暮だ。そこまで退屈してもいない。
 十年――というと長い期間である。互いに愛着が湧いても不思議でない時間だ。自分なんて十日ほどしか共にいなかった女相手でも情が湧いているのだから。推して知るべし、である。
「そういえばよ、あの小僧どもは呼ばなかったのか? 姿が見えねーが」
 第五次聖杯戦争を戦った少年少女。
「招いても困るだけでしょう。特にお兄さんは」
 金髪の子どもは苦笑いを返してきた。
 まあ確かに、敵として戦い、死亡させる間接的な原因となった者がこの場に来るのも変な話だ。正直自分だって、この子どもに『多分大丈夫だろうけど万が一のときに保護者っぽい人がいた方がいいから』と頼み込まれでもしなければ、参列などしていない。
 彼らの代わりにあるのは別のもの。モノクロームの葬列者。
 この冬木の地で彼を知り、彼を慕っていた人々。
 信者がいればそうでない者もいる。どちらにしても彼らは死者のために、残された生者のために祈りを捧げるためにここに来ていた。決して少ない人数ではない。あの男には『厳しいが親切で優しい神父さん』という肩書きが付いていたからだろう。遺族扱いとなっているランサーやギルガメッシュに彼らが語る神父は、全てそんな姿をしていた。本性を知っているランサーからすれば開いた口が塞がらなくなるような話だが、それもまた確かにあの男の一面だったのだろう、とも思う。
 見送られる故人。名は言峰綺礼。自分の元マスターだ。
「……今のマスターは結局来なかったな」
「そりゃまあ……来ないでしょうね」
 本来ならこの教会に陣取っている筈のシスターは、一応声は掛けたのだが、「私には関係のないことです」と言わんばかりにさっさとどこかへ出かけてしまった。予想はしていたし気持ちもわからなくはないが、あそこまできっぱり不参加表明をされるとなんだか、逆にこちらが惑ってしまう。
「しかしあの毒舌性悪マーボー男にあんな娘がいたとは……」
「世の中何が起こるかわからないものですよね……」
 親子二代に渡って仕えるサーヴァント達はしみじみと意見を交わし合う。
 大きい方はいやおまえがそれを言うか、と思ったが、敢えてツッコまなかった。
「もう一人のおまえも、顔を見せる気は一切ねぇみてぇだしな」
 ランサーはちらと隣に立つ子どもを見やる。
 ギルガメッシュは今日一日、ずっと幼年体のままだ。葬儀を執り行う話が持ち上がったのは二日前。お互い記憶は共有しているから今日のことも知っているはずなのに、青年体に戻ったときちらともその話題に触れなかった。いや、ランサーとしてはそちらの方が勿論ありがたいのだが、あの男は言峰と親しかった。別れの一つでも言うものだと、そう思っていた。
 するとギルガメッシュは少しだけ困ったような顔する。
「こんな形だけの儀式なんて、どーでもいいって思ってるんじゃないですかね」
「ああ……それ、いかにもあいつの言いそうなことだわ」
 この葬儀で埋められたもの。棺は空っぽだ。遺体がないのだから仕方がない。
 意味はあると思うがねぇ、とランサーは頭を掻く。形が残らなくとも、中身がなくとも、死者を弔う意図は代わりない。
 だがあの不遜な王は、本物がなければ意味がないと、この儀式を軽くあしらいそうだ。
「――吸っていいか?」
「匂いがつくから駄目です」
 スラックスに入れた紙の箱を出そうとしたが、毒を孕んだ満面笑顔に押しとどめられた。
 こういう形式張った服も辛気臭い式も苦手だ。だから少し一服したかったのだが、この分だと教会に帰るまで無理そうだ。
「――ねぇランサーさん。もう一人のボクはちょっとだけ焦っているんです」
 と。
 ギルガメッシュは不意に、自分の胸にそっと手を当てた。
「ボク達が現界していられるのはきっと、この周回でラストです。実質あと二日ですね。最初は遊んでいたけれど、そろそろ真剣に取り組むことにしたんでしょう」
「何にだよ」
「コトミネから出された方程式を。ほんと、なんで気付かないのかわからないくらい簡単なのに――大人のボクはそれが解けないでいます。……いや、解けているのに合っているか自信がないのかな?」
 ランサーは思わず目をむいた。
「あの放蕩王子に自信が持てないなんてことがあんのか?」
「一応」
 ははは、と小さい方は笑って、大きい方は訝しげに顔を顰めた。
 あの自信の塊のような男の中にそんな感情が生きていたなんて、思ってもみなかった。
「だから、もし大人のボクが悩んでたら、少しでいいから背中を押してあげてほしいんですよね」
「俺は面倒ごとはごめんだぞ」
「でもこれ、ランサーさんにしか頼めないことなんですよ」
 手を胸から背中に回して、ギルガメッシュは悪戯っぽく笑いかけてくる。
「言峰綺礼と大人のボク(ギルガメッシュ)を見てきた、貴方だからこそできることなんです」
 からかっているように見えるのに、台詞はやけに真剣みを帯びていた。
 ――確かに、嘘偽りない彼らを一番近くで見ていたのは自分だけれど。
 そんな大層なことができるとは思えない。ていうかしたくない。何故自分があいつらの面倒を見てやらねばならんのだ。
 だが考えることを全て予想した上で、ギルガメッシュは自分に彼のことを任せる気なのだろう。だから自分が腰を上げざるを得なくなる、ピンポイントな言葉を使った。
 これは参った。
「……俺にはおまえがあいつらの保護者に見えてきたわ」
「えー。嫌ですよあんなの保護するの。でもまあ、今回だけ特別にキューピットになってあげようかなと。あ、ボクじゃなくてコトミネのためになんで、そこ履き違えないでくださいね」
「キューピットだぁ? ていうか何おまえ、あの神父のこと好きだったの」
「好きでしたよ」
「え」
 固まるランサーに、ギルガメッシュは眩しいほどの笑顔を向ける。
「これくらいの献身を面倒と思わないくらいには。受肉してから友達になってくれた人なんてあの人くらいでしたし、ボクには結構優しかったですし、あの生き方と信念は嫌いじゃなかったです」
「ああ、そっちの好きね……」
 ラブじゃなくてライクか。
 思わず胸を撫で下ろした。
「だから頼みましたよ。ランサーさん」
 にぱ、とギルガメッシュは満面の笑みを浮かべる。自分の頼みは絶対に聞き入れられるのだと、信じて疑わない風に。その無邪気さ、まっすぐさは転じて威圧となってランサーを襲う。
 実際、槍兵は子どもに弱かった。なんだかんだで人も良かったのだ。断る理由もなかったし、最後だからまあ同僚のよしみで手助けしてやってもいいかな、くらいには思っていた。
 だがギルガメッシュにまんまと嵌められた感じが否めない。それが癪に障る。少々。いやだいぶ。
子どもはそれを知ってか知らずか、やはり輝くような笑顔を向けてくる。それがまた癇に障るのである。
 こういう強引で横暴なところは、どれだけ性格が違ってもやはり英雄王なのだった。

 そしてこの形だけの葬式は、急な話だったのに立ち合いを引き受けてくれた神父、招いた人々に二人で挨拶をし、ぶつくさ言いながらも片付けをして、現マスターのシスターにお小言を飛ばされながらも、滞りなく終了した。



 翌日。冬木教会。
「あー今日も一労働した――っと」
 ランサーが教会の花の水遣りを済ませ、居間に入ると、青年版ギルガメッシュがだらしなくソファに寝転がっていた。
 昼間から良い身分である。一点ものだー本来の装束なのだーとよく自慢しているあの珍妙な、腹の出た服を着ている。頑なに袖を通させることを止めていた人間がいなくなったので、ようやく解禁だと言わんばかりだ。形のいい眉を顰め、何かを右手でいじくっている。目を凝らして何なのか探ってみて――わかってしまった。
 少し汚れた十字架だった。
「それ、言峰の形見か?」
 正面のソファに腰掛けながら話しかけると、青年はふてくされたような顔でジロリとランサーを一瞥した。
「我がこんなものを自ら手に取ると思うか」
 ぶっきらぼうな声が飛んでくる。
 ギルガメッシュは筋金入りの神嫌いだ。神の偶像であるそれを持つとは考えにくい。
 しかし嫌味を足さず素直に肯定すればいいのに。
「どういうつもりなのか知らんが、今わの際に寄越してきた」
「わざわざ死ぬ前にそんなもん送ってきたのかよ」
「タイミングからしてそうとしか考えられん」
「じゃあやっぱ、おまえに持っててほしいってことなんじゃねぇの?」
「知るか。こっちが聞きたい」
 ズボンのポケットにそれをしまい、ギルガメッシュは頭の下で腕を組む。
 ――もしかして。
 幼年体のあいつが言っていた、こいつが悩んでることってそれなのか。
「あいつだけこの四日間に組み込まれておらんしな――問いただすこともできん。忌々しい。我の道化のくせに王に付いて来んとは不届きな」
 ギルガメッシュはぶつくさ文句を言っている。それを見てランサーは合点した。
 あの男は最後にこの十字架で何を伝えたかったのか。手がかりが残るこの街に留まれる間に、はっきりさせたかったのだろう。
 ――しかしそれは不可能だ。本人が言っている通り、それを知っている奴がここにいない。いつか言ったが死人に口なし。
「……そんなに気になんのか?」
 ランサーが尋ねると、
「なる」
 ギルガメッシュは即答した。
「腹立たしいであろうが。あやつのことだから、何か良からぬ意図が込められているやもしれんぞ」
「さすがに死ぬ前なのに嫌味に労力裂くような奴――」
 いねぇだろ、と言い掛けて止めた。あの神父ならもしかしたら、本当にもしかしたらやるかもしれない。
「……おまえに神様象ったもん送ってくるって時点でちょっと怪しいな」
「だろう」
 ランサーは額に手を当てた。普段の行いが良ければ邪推だと思えたのに、そう切り捨てられない自分がいる。信用のなさとは恐ろしいものである。
 ――でもまあ。
「それはねぇだろ」
 大口を開けてぶわりと欠伸をした。
「おまえ相手なら、別れるときは真剣に何か伝えようとすると思うぜ」
 ギルガメッシュは返事をしなかった。唇を真一文字に結び、むっつりと黙りこくっている。
 沈黙。
 ランサーは頬をぼりぼりと掻いて、あいつに頼まれたことはこれくらいでいいかな、今日も港に釣りに行くかな、などと思い始める。
「……かもしれんな」
 やがて、静けさはギルガメッシュの声で破られた。
「一度別れを告げられたことがあった」
「へえ」
 素っ頓狂な返事が漏れた。
「喧嘩でもしたのかよ」
「いや。その前も後もおまえが知っている通りの関係だ」
 じゃあ仲良しじゃないか。意味がわからない。
「アレ本人と別れるわけではなくて、第五次聖杯戦争に参加しない選択肢を捨てた、というべきか」
「よく考えたらおまえら四次の参加者だもんな。本当なら五次には関係ねぇわ、確かに」
 それなのによくああも引っ掻き回してくれたものである。自分だけでなく他のサーヴァントやマスター達からすればいい迷惑だ。
「ああそうか。なるほど。大体わかった」
 つまりそれなりにうまく過ごしていたであろう普通の生活を続けるより、自分達の目的と劇的さを優先したというわけか。ギルガメッシュはセイバーを追いかけることと、自分の宝に手を出した輩に罰を与えること。言峰は――自分が楽しいように戦争を誘導させることか?
「仲拗らせたとかウマが合わなくなった、とかで喧嘩別れしてたら、俺ももっと楽だったんだろうに……」
「フ、波長が合わなければ十年も一緒におらんわ」
 さりげなくノロけられた気がするのは気のせいだろうか。
 地味にダメージを喰らってしまい、いろんな意味で自分の不幸を呪うランサーである。そんな彼のステータスの幸運値はE。つまり最低ランクだ。
「……俺もあいつの過去チラッと見てきたけどよ。おまえらほんと、結構仲良くやってきてたもんな」
 アーチャークラスでないサーヴァントは契約の都合上、マスターとパスを繋げなくてはならない。だからあの男の過去を時折、夢の代わりに見ることがあった。
 ギルガメッシュは幼年体になっていることがほとんどだったが、ほんのたまにだけ青年のものもあった。
 腹黒神父と横暴王子には似合わない、穏やかな日々。
 二人とも楽しそうで。そんな顔もできるのかと意外に思ったほどだ。
「でも――終わらせたのか」
 ランサーは頬杖を突いて言った。別に特に感情は込めず、ただ尋ねているといった風だ。
 きっと彼は自分の気持ちも。相手の想いも。正体が何なのか気付いていて。お互い抱いているとわかっていて。それでも笑って――送り出した。
 心に決めたものがあったから。
 自分が来てからも過去でも二人の関係は変わっていないように見えたが、この言い分だと本人達にしかわからない変化があったのだろう。
「鳥は滑空しているときが一番美しいのだ。大きく羽を広げ、悠々と、どこまでも飛んでいく姿にこそ真髄がある。別れが心惜しいからといつまでも籠に入れておくのは、それを知らぬ愚か者だけだ」
 目の前の青年は厳しい口調で主張する。求めるものを追っている姿でないと意味がない、そういうアレが好きなのだと、胸を張って言う。その顔には微塵の後悔の色もない。
 それはそうだろう。だって青年はその主義通りに彼を送り出したのだから。籠から放してやって、一度も手を伸ばすことなく、その後ろ姿が消えるまで見届けたのだから。
 そして、失った。
「だからいなくなった奴が死に際に寄越してきたもん前にして、らしくもなく唸ってるわけか」
 何だか口寂しくなってきて、ジーンズのポケットから煙草とライターを取り出した。一本指に挟んで唇で銜えて、ライターのドラムを親指で回す。火が付いて白い筒の先に赤が灯った。
 吸って、吐く。白いもやが部屋に立ち込める。苦い匂い。視界が曇る。
 灰皿を引き寄せて、ケルトの英雄は呆れたように言った。
「おまえは天上天下唯我独尊、我儘放題貧弱王子なんだから、おまえが思った通りで正しいんじゃねぇの。そういう考え方してただろ、あの神父は」
 対するバビロニアの王はソファに寝転がったまま、視線をぼんやりと宙に向けて、小さな声を出す。
「……それでは意味がない。我が知りたいのは、本物の『言峰綺礼』の意図だ」
「でもあいつ、もういないだろ」
 そう指摘すると彼はぐっと下唇を噛んだ。
 だから模範解答を探すしかない。あの男を見ていた十年の記憶を頼りに、自分で本物に近い回答を想像するしかギルガメッシュにはできない。欠けたものは代わりが利かないのだ。例え英霊であろうと死者は元には戻せない。それこそ万能の願望機でも無い限り。
「それにおまえ、もう答え出してんだろ」
 とんとん、と硝子の皿に灰を落とす。
 金色の頭がちょいと動いて、ギルガメッシュは僅かにこちらに顔を向けた。
「あのガキがおまえで、おまえはあのガキなんだから。言ってることが間違いなわけがねぇ。それで多分合ってるだろ。どうせならいつもみたいに、こっちがムカつくくらい自信満々で聞き入れてやれや。――多分あの神父も、そういうおまえだから一緒にいたんだろうぜ」
 気だるげにランサーの話を聞いていたその男は。最後付け加えた台詞には、敏感に反応した。
「…………」
 また顔が正面に向く。ぱち、ぱち、と瞬きして、紅い瞳がその度に見え隠れする。
「ああ――そうか。そうだな」
 珍しく間の抜けた声を挙げて、ギルガメッシュは勢いよく体を起こした。
 目が合う。見開き気味で、ひどく驚いたように真ん丸で、面白いを通り越して少々怖い。
「我は街の探索に行く」
「あ、そう」
 突然の発言とその中身に拍子抜けして、咄嗟の返事しかできなかった。
 ギルガメッシュはさっさと立ち上がり、ドアの方へ歩み寄る。
 ――なんか、頼まれたとはいえらしくねぇ台詞吐いたなぁ。
 そんなことを考えていると。
「――ランサー」
 不意に後ろから声が掛かった。
「なんだよ」
「おまえ、この間の夜に前のマスターと戦ったのだろう」
「……それがどうした」
「それのことが大事か?」
「……まあ、気持ちのいい、良い女だったからな」
「それのことは――英霊の座に戻っても、記憶しているつもりか?」
「…………」
 一拍置いて。
「……ああ。絶対忘れたりしねーよ」
 青い槍兵ははっきりとそう言った。
「そうか」
 黄金の弓兵は短い了承を返して、振り返りもせずに教会から出て行った。

 その後、残されたアロハシャツの男はシスターに教会での喫煙を見つかり、激しく後悔する羽目になるのだが、不幸中の幸いか、そのことがもう一人のサーヴァントに知れることはついぞ無かった。



 金色の髪をたなびかせ、肩で風を切る。白いシャツと黒いライダースジャケット。手にはずしりと重いワインの瓶。教会から適当に持ってきたものである。
 青年は門の前で足を止める。
 その先は墓地だ。鈍色の墓標が無数に立ち並び、生を終えた者達が寝息もなく眠っている。夜の群青に覆われたその場所はかなり不気味だが、英雄王たる者、霊の類を恐れるほど肝は小さくない。
 記憶を辿って再び歩みを進める。沢山あるわりに目的のものはあっさり見つかった。
 墓。自分の国のしきたりに乗っ取ったものでも趣味でもない、こじんまりしたシンプルな造りだ。石と石盤があるだけ。だが品はいい。板に刻まれた名前を見て正誤を確認する。――ここだ。間違いない。
 宝具から黄金の杯を出し、ナイフで雑にすぱっと口を開けて、中身を注いだ。それを墓の前に置く。
 正面に腰を下ろそうとして――手向けられたものに気付いた。
 紫陽花。いくつも連なる、薄紫の小さな花。無愛想な墓石を淡く彩っている。
 季節外れだが、幼年体の自分が置いたものだ。
「…………」
 沈黙を挟んで。
 だらだらと後ろに回り、墓石に凭れるようにして、地面に胡坐をかいた。
 空を見上げれば月が煌々と輝いている。いい夜だ。酒を呑むには絶好の日取りだろう。
 杯をもう一つ取り出して、自分で酒を注いだ。地面に置く。背中には冷たい感触。ズボンに入れていたものを、鎖を引っ張って外に晒す。
 月明かりに翳すと、一瞬ちか、と金色が反射して弾けた。
「……なあ、言峰」
 淡い光が落ちる墓地に、一つだけ声が響く。
「これはおまえのものだ。しかし持ち主のおまえはもう亡い。おまえは我に譲るつもりでこれを部屋へ届けたのだろう? だから我の好きな通りに扱うぞ。好きなときに触れて好きなときに弄って好きなときに見て好きなときに愛でて好きなときに壊して好きなときに汚して好きなときに捨てる。もうこれは我の所有物だ」
 返事はない。
 ギルガメッシュは手を回し、十字をぎゅっと握って、掌に納めた。ちゃり、と鎖の揺れる音がした。少しだけ冷たかった。
「だからおまえが用意した答えと我の回答が違っていても、おまえの意図していない末路を辿っても、文句は言うでないぞ。便りもなく寄越したおまえに否があるわ」
 またポケットに収めて、置いていた杯を持ち上げ口を付ける。舌に馴染んだ味が自分の中に広がり、落ちていく。
「そういえば一つ口約束を果たし損ねたが、我を恨むなよ? おまえも結局は結果を残せなかったのだからな。おまえが到達していればこんな世界、もう無い筈だろう」
 万華鏡のように、回せば新しい幾何学模様を見せるもの。
 けれどなんてことない日々。
 人々が積み重ねていく時間。
 世界(ヒト)は依然美しく醜いままだ。
「残念だったな」
 悪戯に失敗した子どもをからかうような口調で、彼は語りかける。
「ああでもおまえは、世界が嫌いなわけではなかったものな。存外安堵していたりしてな?」
 くく、と喉を鳴らして笑って。
 一人だけの会話を続ける。
 背中にいるそれが相手をしているのだと言わんばかりに。
「ヒトは笑い、苦しみ、それでも営む。だからヒトの世界は様々な色で満ちている。それが寄り添い合って模様を作る。ちょうど教会の壁にあるあれのようなのをな。やはりこの世界は我が庭足りえる価値を持っていると、我はこの遊戯の中で確信した。おまえも入って来られれば良かったのにな」
 誠に、残念。
 英雄王はかっかと笑う。
 言峰綺礼は暗色しか美しいと思えない人間だった。だがそれはそれで世界を愛でていることに変わりはなかったのだ。 結局、世界は美しさと醜悪さでできている。二つなのだから位置が逆転していたところで変わりはない。片方しか愛せないと思い悩む必要などないのだと、あれは十年前に自分を吹っ切った。
ここにいれば全部とはいかなくとも、一緒に世界を愛でることができただろう。
「……おまえは絶対に必要というわけではないが、無いと少々物足りなかった」
 少しだけしんみりした声。
「――そういえば悪くなったものな、おまえといた十年は。それくらい最初から予想できたか」
 でも別れた。その先で男は死んだ。もう会うことはない。
 麻婆豆腐を食べさせられて怒ることも洗面所でかち合って陣取り合戦を繰り広げることも掃除の邪魔だと退けられることも旅行に連れて行かせることもちょっかいを出すことも夜通し語り合うことも酒を酌み交わすことも触れ合うことも声を聞くことも顔を合わせることもない。
 そしてもうじき自分は、そのことを残念だと思えるこの心を失ってしまう。悪くなかったと思えるこの体を失ってしまう。
「…………」
 青年は杯を傾けて、残っていた葡萄酒を一気に飲み干した。
 それでもここに無理をしてまで残りたいとは思わない。所詮は茶番だ。気に入っていてもいつかは終わること。肝心なのはこの劇の最後をどう締めくくるかだ。
 ――ああ、だから幼年体の自分は、こんな意味もない墓を作ったのか。
 あの狗などに、自分の蟠りを解いてやってほしいと依頼したのか。
「……うむ。さすが我」
 うんうん、と頷き二つ。本人が聞いたら怒りだしそうな自画自賛を漏らす。
 その後で実に晴れ晴れと笑った。
 これでもう思い残すことはない、と表現するように。
「さて、あの狗に一押しされたというのが少し癪だが――退場の仕方は決定した」
 それから、ギルガメッシュは。
 ちょっと名案を閃いたという風に顔を輝かせて、杯を掲げた。
「これからも存分に楽しませてくれるであろう、我らが愛するヒトに。世界に。我が庭に。――乾杯」
 月に。
 この世界に。
 押し当てるようにして、彼は目一杯背筋を伸ばす。高らかに音頭を取る。
 そして豪快に、酒を再び自分の中に、流し込んだ。



 くるくると永遠に回る日常。ステンドグラスのように輝く螺旋。
 それは明日、ひび割れる。



 その夜彼は、鬱憤を晴らすかのように暴れまくった。
 その姿はさながら黄金の台風。悩むという慣れないことをしたせいで溜まったストレスを一気に発散するように、向かってくる魔物を殺し続ける。王に歯向かうやかましい奴らを根絶やしに。自慢の剣を振るい次から次へ、彼らを地獄へ還していく。
 夜空へと続く階段。誰かが通り、意志の疎通もしていないのに誰かや誰かが守った道は――やがて消え去り。瞬間、ぱん、と空が輝いた。
 月が弾けたのかと思った。
 落ちてくる。何かの、色とりどりのガラスの欠片のような光が、流れ星のように街に降り注いでいく。
 敵がようやく動きを止めた。声は苦しげになり、恨み言を叫んで、醜く無様に、なくなっていく。無くなっていく。細い光の筋が魔物を焼き、跡形もなく消し去っていく。
 それがあまりにも綺麗で。
 彼は剣を振るう手を止めた。
 やがて反対側からゆっくりと太陽が昇ってくる。淡い光が群青の中に注がれても、流れ星は一向に輝きを失わず世界を彩っていた。きっと他の、自分が見知った連中も見ているだろう。そして共に戦った、寄り添った者との別れを惜しんでいるだろう。
 あの、空っぽの墓も消えかけているだろう。
 悪夢から覚めるような。
 居心地のよい夢を終わらせてしまうような、瞬間。
 さて、だから自分も、発つ覚悟をしなくては。
 彼もまた髪や白く逞しい体に光を浴びて、金色の砂となりかけていた。
 地を踏む足が消えて膝まで侵食する。編まれていた糸が解けるように、さらさらと体が消滅していく。
「――――」
 戦支度を解けば、聖杯戦争のときに着ていた、黒のライダースジャケットが現れた。なんとか残っていた尻ポケットに手を突っ込み、入れていたものを引っ張り出す。
 鎖のついた十字架。金色で少しだけ汚れている。
 よく見ていた。とある男の胸元で揺れて、光っているのを覚えていた。
 彼は。
 それを無造作に、宙に放り投げた。
 金色の揺らぎがいきなり宙にひゅん、と現れて、トビウオを食べる鯨のように十字架を飲み込んで、また空間に潜った。
「……フン」
 空を見上げ、鼻で笑う彼は珍しく自嘲的である。らしくないことをしたと言わんばかりだ。
 だがその表情は穏やかで、嬉しそうでもあった。
 彼はこれからあるべき場所に還る。英霊の座。そこには自分の本体がある。……だが同時に肉体は消える。心も。抱いた思いは活字のように本体の脳に焼き付けられて、体験者の感情の伴わない物語に作り変わる。
 そのことがどうしようもなく、名残惜しい。
 でも。
 消えても忘れない。自分はアレに抱いた思いは、確かに覚えている。
 だからこの道具には価値があって、この行為には意味がある。
 また一緒に。行こう。
「――そういう意味だろう?」
 そっと言って。笑って。
 消えかけた手を空に伸ばした。
 指は光に輪郭を縁取られて、何か遠くにあるものさえ掴めそうな輝きを得る。掌の先にあるものはその、あまりに浮世離れした美しさで、現実と幻想の境界を曖昧にしてしまっている。
 今なら、昔握った誰かの手の温度さえも、もう一度ここに呼び戻せそうだと。
 本気でそんなユメを見てしまうくらいの、眩しさ。
 王の見送りに相応しい見世物だ。上等すぎるくらいだろう。
 ――そういえば、流星は人の願いを叶えるのだったか。

「ああ、言い忘れていたな」

 青年は薄く笑う。
 たった今気付いた、そんな気安い口調で。

「おかえり。綺礼」

 自分の元に帰ってきた、物好きな心に挨拶をして。
 写し身は、自分の中にほんのりと芽生えた感情と。
 彼が壊し損ねたこの美しい世界に、ひっそりと別れを告げた。



 使うものは令呪一つ。それだけの魔力があれば、このロザリオは確実に教会に届くことだろう。
 掌に乗せた十字架を見下ろして、男は一人吐息を漏らす。
 アサシン、間桐桜との遭遇で負ったダメージは深刻だった。きっともうそんなに長く持たない。目的を達成できる確立は五分五分といったところだ。
 ――しかしそれでも彼は行く。
 その男の生きる目的は、それしかなかったようなものだから。
 僧衣は切り刻まれ、邪魔になったので剥ぎ取ってしまった。十字ももう外した。『神父』という身分を証明できるものは完全に彼から消え去ってしまった。
 ここから先は、肩書きやら余計なものは全て捨てた、彼個人の戦い。
 今の彼に後悔はなく。
 これから先も悔いることはない。
 だが一つだけ。
 ただ一つだけ。
 残念に思うことがある。
 おまえの結末を見届けてやるから、と言ってくれた人が、今この場にいないこと。気配は間桐桜の影の中に微かに残っているが、駆けつけてくるのは無理だろう。消化されず現世に残り、あんなものすらも苛み続けているところは実にアレらしいが。
 別に約束が果たされなかったことを怒ってはいない。ただ少し残念で、そのことを律儀に覚えていた自分と、今なお脱出しようともがいているだろう彼の姿が可笑しいだけ。
「――――」
 思い出す。金色の整った容姿の人。
 十年間一緒に歩いて。
 数日前に別れた人。
 契約で一緒にいただけだ。もっと言えば、いれば効率がいいからで必要なんてなかった。今行われている第五次聖杯戦争の開催を待つ間だけ、というのが暗黙の了解で。後はお互い邪魔になろうと好き勝手にやって、終わった後相手がどうするかなんて自分の知ったことではないという感じだっただろう。
 でも、予想外に。
 その十年は、わざわざ別れを告げないと捨てられないくらいには楽しくて。
 十年見てきたあの人に、自分は。
「――ふ」
 自嘲的な笑みが零れる。
 自分はそこには帰れない。あの男が死なずに帰ってくるかもわからないが、せめて、これを贈ろうと思う。
 文もないから意図は伝えられないが、観察力に秀でた男だから、きっと推理できるだろう。それすら面倒くさがって捨ててしまっても、まあそのときはそのときだ。むしろそちらの方があの男らしくて笑える。おかしいのは自分の方だから、鼻で笑われてあしらわれるくらいは覚悟している。こんな行為も好意もらしくないことくらい、自分が一番よくわかっているつもりだ。
 放した鳥が死ぬ前に帰ってきたら、あれはどんな顔をするだろうか。
 そんなことを考えながら。
 そっと目を閉じる。
 自分がここにいたこと。共にいたこと。自分があれに抱いた思い。あれが自分に抱いた思い。忘れないでほしい、という頼みと。
 契約などなくとも――傘などなくとも。自分としては彼の隣にいてもよかったのだという。道を違えた彼を忘れていないのだという。証拠。
 自分はここで消えるから、彼が先を歩くなら連れて行ってほしいという。退場するときのお供にでもしてくれという。意志。
 伝わるといい。
 ――それくらいは祈っても許されるだろう。
 目を開けて。
 鈍痛と共に魔術を行使し、教会へ十字架を飛ばす。
「……さて」
 崩れ落ちてしまいそうな体を引きずって、一人立ち上がった。
 きっとこの後自分は死ぬだろう。『この世全ての悪』を誕生させられるかどうか、それはわからないけれど。どちらにしても自分は生き残れない。痛む体と黒い心臓がそう告げている。
だが不思議と心は安らかだ。もう終われると思うと、怖いというより全力で辿り着こうという気になった。
だから走る。彼は走る。答えを知りたいから。
 それでいいのだと誰かが言った。何かを犠牲にして利己的に生きているのに、そうやって自分のために進み続けるおまえこそが好ましいのだと誰かが言ってくれた。
 彼は最後まで、エネルギーが切れるまで、制限時間になるまで、足を止めずに疾走する。
 後はそう。
 あれを見つけた人が再び手を取ってくれることを、願うだけ。



 一緒になって。
 分かたれて。
 彼らの歩む道はここで行き止まり。
 足跡は途絶え羽ばたきは消える。
 それでも、世界のあちこちに。
 或いは世界の外。誰かの蔵の中で。
 彼らの名残は確かに、甘い眠りにつくように。確かに、息づいていた。



/Last Question,and Answer