※死ネタ



「――――」
「……何を見ている? 言峰」
「いやなに。今日は蠍座がよく見えると思っただけだ」
「あの星か。なるほど確かに美しいな、色合いが我の瞳とよく似ている」
「私に言わせれば、おまえは蠍という風ではないな。あれは自分の身を人々のために焼いた星だぞ」
「そんな伝説などあったか?」
「ああ、それは昔読んだ童話だったか」
「そんなもの既知の筈がなかろう。……ならば蠍はおまえの伴侶だな」
「……ふ。私からすればおまえはあれかな」
「……大熊?」
「北斗七星。星の中で一番眩しくて――構成する星に、不吉と言われているものもある」
「なるほどな。確かに、そちらの方が我に相応しいか」
「……なぁギルガメッシュ」
「ん?」
「おまえは私の目的を、手段を知っていた。こうなることは理解していた筈――どうして私を殺さなかった」
「…………」
「…………」
「……などと吐かすが貴様、我の口から聞かずとも、どんな返事をよこすか、想像できているだろう」
「…………」
「今の状況は予想」
「していなかった」
「……ハハハハ!」
「……おまえの豪快さには感服するよ」
「賞賛、と受け取るが……?」
「なんとでも」
「しかしながら――興が乗ったとしか、言いようがないな。自らが生まれ落ちた意味を知りたい、それだけの理由で……世界を滅ぼす。そんな愉快な話に、この我が乗らぬわけがなかろう? 我は傲慢な生を好むのだ。この性分は治らん。きっと、想定していたとしても、おまえを止めることは無かった……だろうよ。おまえが一世一代の、最高の喜劇のシナリオを実現させることができたなら……それはそれで良い。我は……幕引きを見届けてやるのみよ」
「――その体でか」
「無論。……一度は経験したこと、だ。案外痛みも不安もなく……安らかなものだぞ」
「…………」
「……なぁ言峰。おまえは……我を殺めたいか?」
「…………ああ。殺したい。私の手で」
「…………」
「父や妻が死んだときに似ている。私の本質故なのか、愛故なのかは、やはりわからない」
「そうか。だがその件は……それでも別に良い、のではないか……?」
「謎のままにしておいた方が良いこともある、か?」
「そんなところ……だ。おまえ、もようやく……遊びがわかってきたな……」
「快楽主義者と十年も共にいれば、相応にな」
「フン。……だがまあ」
「おまえと過ごした時間は、なかなか悪くなかった」
「…………」
「いや、失礼。訂正する。おまえと共にいた時間は、なかなかに、愉しかった」
「…………」
「ギルガメッシュ、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしているぞ。おまえらしくもない」
「……おまえこそ……泣く寸での、幼子のようだぞ……」
「ではお互い不知ということに」
「承知」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「……眩しい……のは」
「ん?」
「我は……おまえの生き様を……眩いと感じていた。……どうしてヒトは……ヒトに不相応の望みを……抱くのであろうな……?」
「さあ。ヒトは傲慢なものだ、としか私には言えん。半人半神であるおまえには理解できぬだろうな。それこそ謎のままにしておいた方が華――というより、永久に謎のままな気がするよ」
「しかしその姿は……儚くも、美しく……愛おしい」
「……おまえからすれば、私もまた、ヒトなのだな」
「然り。……おまえも、普通の……ただの……ヒトだよ……」
「…………」
「ほら……言峰……帰ってくるぞ」
「……そうだな」
「さあ、行け……求道者よ……愚か者よ……おまえが狂おしいほど……求め続けた答えが……今……そこに……、…………」

「……ギルガメッシュ」

『……フン。あんなものに例えられては背中を押すしかあるまい。
 いつの時代も、どこの国でも、迷える旅人の導き手となるのが、あの星なのだからな――』


 そう言い残して、黄金の王は神父の腕の中から掻き消えた。


 天井どころか壁に据え付けられた十字架も、信徒席もなくなった教会から、彼は一人空を仰ぐ。
 聖杯より現世に誕生した『この世全ての悪』は、驚くべき速さで地球を回って生命体を喰らいにかかった。男も。女も。動物も。土地もマナも何もかも。全てが死に絶えようとしている最中だ。至るところから火の手が上がっているのに、雪でも降ったかのように辺りは静まり返っている。
 サーヴァント――英霊は、人々の信仰によって力を得ている。当然、人が消えれば消滅する。どれほど強力な英霊でも、構成する物質がなければ活動どころか存在すらできない。
「全く――慢心が過ぎるぞ。……ああ、そうだ。悪魔と契約した気でいたが、あれは王だったな」
 確かに、最後まであれは、王だった。
 一人ごちて、僧衣姿の男は立ち上がる。帰還した者を迎えるために。
 うぞうぞと泥の触手をうねらせ、『この世全ての悪』は言峰の前で侵攻を止めた。
「さて、聞こうアンリマユ。悪を為しこの世を滅ぼし尽くし――おまえはどうだ? 自らを悪しとする? 善しとする? 私はそれを聞くために、たった今、唯一残った星も食ったよ」
 言峰綺礼は語りかける。口調はただ淡々として、後悔も悲哀も何も感じ取れない。
 物心ついたときから、この心には大きな空洞があった。自分の虚を埋めようと躍起になった。妻と会い仇敵と会い道標と会い、そして皆、彼の前から去って行った。
 沢山の人間。その誰もが彼の前を通り過ぎていく。
 いや、通り過ぎたのではない。自分が壊して回ったのだ。二年連れ添った蠍も十年共にいた大熊も周りにある星々も、自分が壊して食べたのだ。そのことに対しての罪悪感というものは湧いてこない。人が食事するとき、犠牲になった命相手にむせび泣いたりしないように。自分はそういう壊れ方をしている。命の重さを、十字架を背負って自分は生きている。そうまでして何故生きる必要が在るのか、問いかけながら生きている。
 追い求めた、自分が生きる意義。
 それは――目の前にいるソレが教えてくれる。
 『この世全ての悪』は応える。この世に望まれぬ己が、価値のないものが出した答えを、ただ、淡々と告げる。
 すると男は、笑った。
 声を挙げるでなく、涙を流すでもなく、花の蕾が綻びるような、ただただ淡い笑みを――作った。

「そうか――なら」

 満足だ。

 呟いた声は紅蓮の世界に消え。

 そして泥が最後、残ったヒトをその手で包み、



/世界には誰もいなくなる。