『輝夜』
【黛通】
【小野川】
「この川ならどうでしょう? 汚れていないし、山際だから住みやすいと思うんですが」
湊が振り向いた先には、手足の細い、病弱そうな女がいる。
女は答えない。代わりに薄く笑った。きっと肯定だろうと、湊も追及しなかった。
もう日はすっかり暮れて、辺りは濃い群青色に覆われている。だが白い着物を着ているからか、彼女の周りだけほんのりと発光しているように、明るい。
湊は女に小さく笑い返して、
「では、そのように」
とそっと告げた。返ってきたのは頷きだった。
ほっそりした白い首がやたらと明瞭に、湊の視界に焼きついた。
女は目を閉じる。風もないのに、長い髪が揺れて、舞い上がる。
そしてぱっと。
女は幾筋の光になって、夜に霧散した。
蛍が飛ぶ。
川に、草に、山に、道に――湊の手の甲に。
鮮やかな黄色がちか、ちか、と瞬く。まるで、蛍なりに喋ろうとしているかのように。
蛍は湊の指先まで這っていく。
指の頂点まで来たところで、光はさっと飛び去った。
そのまま振り返りもせず、山の中へ飛び込んでいく。
「――綺麗だなぁ」
脅かさないように、そおっと呟いた。
たくさんの蛍はまだ、遊ぶように宙を飛び回っていく。
たまには外に出てもいいかもしれない。らしくもなく、湊はそんなことを思った。
【終幕】